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ようこそ! 倶生山(ぐしょうさん)なごみ庵HPへ!

なごみ庵は2006年に開所した、ちいさな新しいお寺です

〜定例行事予定〜
・7月 1日(第1金):イキイキ長いきの会 14時
・7月・8月の法話会はお休みです
・7月 8日(第2金):写経会 10時半
・7月15日(第3金):お盆法要 10時半
・7月22日(第4金):笑いヨガ 10時半
※いずれの会も1時間ほど、その後茶話会(参加自由)があります
※いずれの会も参加費500円ほどお願いしています
(写経初回と夜法話会のみ1000円ほどお願いします)
※宗教・宗派を気にせずおいで下さい
※初回来場者には腕輪念珠プレゼント

〜課外活動予定〜
盆おどり部 7月8日(金)17時 平川町内会館にて
・写経会in神之木地区センター(横浜線大口駅 東口より徒歩4分)
 毎月第1・3(火)18時半〜(変更の場合あり 要お問い合わせ)
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2016年6月の法語 [月々の法語]

今年の真宗教団連合カレンダーは、正信偈を意訳した『和訳 正信偈』から部分的に題材が取られています。
ですのでカレンダーの言葉だけを取り扱うと、正信偈をコマギレでお話することになってしまいますので、今年は正信偈を通してお話させて頂こうと思います。

正信偈は7文字で1行で、全体で120行の構成になっています。
6月は以下の12行をお話させて頂きました。

本師曇鸞梁天子 常向鸞所菩薩礼 三蔵流支授浄教 焚焼仙経帰楽邦
天親菩薩論註解 報土因果顕誓願 往還廻向由他力 正定之因唯信心
惑染凡夫信心発 証知生死即涅槃 必至無量光明土 諸有衆生皆普化

先々月、先月はインドの七高僧をご紹介してきましたが、今月からの3名は中国の高僧です。
今月は親聖人のお名前の一部にもなっている曇大師(どんらん だいし)です。

ここは正信偈の中でもドラマチックな部分なストーリーが描かれています。

曇鸞大師は「梁」の国の天子(皇帝)が菩薩と敬うほどの高僧でした。その曇鸞大師は仏教教典の研究に心血を注いでいましたが、病に倒れます。
「道半ばにして死ぬわけにはいかない」と考えた曇鸞大師は、道教の道士であり、当時随一の医学者・科学者であった陶弘景から不老長寿の秘法を学びます。

「不老長寿の秘法」と聞くと現実離れしていますが、陶弘景は医術者でもあります。おそらく曇鸞大師が学んだのは健康法ではなかったのでしょうか。

その教えを学び、意気揚々と歩む曇鸞大師の前に、インドからやってきた菩提流支が表れます。正信偈には「三蔵流支」と書かれていますが、三蔵とは仏教に広く通じた高僧を指し、またインドの言語から中国語にお経を翻訳した高僧の総称で、歴史上に多くの「三蔵法師」がいらっしゃいます。

さて、菩提流支は「少しばかり寿命を延ばしたところで、それが何だというのだ。この浄土の教えこそが、真の不老長寿の法である」と諭され、菩提流支は学んできた教えを焼き捨ててしまいます。

私などは、せっかく学んできた健康法なのだから、それはそれで利用すればいいんじゃないかと思ってしまいますが (^_^;)  きっと曇鸞大師と菩提流支の間には熱いやりとりがあったのでしょうね。

(以下妄想)
曇鸞大姉「やあ、菩提流支さん! 私はもっと仏教を研究するため、不老長寿の教えを学んできたよ!」
菩提流支「えぇ!? 5年や10年ばかり寿命が延びたからって何だって言うんです! 私たち仏道を歩む者は、生き死にの問題を超える道を求めてるんじゃ無いんですか! 浄土の教えにはそれが書いてあるんですよ!!」
曇鸞大師「そ、そうだな! もっともだ!! よし、不老長寿の法なんか焼いちゃうぜ!!」

とまあ、こんな調子ではなかったでしょうが、以降 曇鸞大師は浄土教の研究に没頭していくことになります。その中に、5月でご紹介した天親菩薩の著書を研究対象とするのですが、これは七高僧がそれぞれ独立した存在ではなく、先哲の教えを受け継ぎ発展させてきたことが示されています。
阿弥陀仏の教えをお釈迦さまが説き、七高僧が受け継ぎ、親鸞聖人に繋がっているという師資相承の流れが表されているのです。

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住友生命 女子力1UP! [その他色々]

2016年6月3日、住友生命さん東神田営業所で行われた「女子力1UPセミナー 第6回」。先に質疑応答の内容をアップしましたが、最後に行事そのもののレポートです (^_^)

このセミナー、第1回は弁護士/元アナウンサーの菊間千乃さんがお話しされました。
その後、第2回は太極拳、第3回カウンセラー/ヒプノセラピストの平井先生のお話、第4回は労務士とファイナンシャルプランナーによるお金の話、第5回は介護やケアのお話と、ひと言で「女子力」と言っても、講義内容は非常に幅広い分野に及びました。

そして最終第6回は、30名以上の女子の皆さまを前に「供養」をテーマにお話をさせて頂きました。
下の写真をご覧ください、俳優の瑛太さんと共演です!……ポスターですけど (^_^;) 
このピンクのポスターは、講座名ともちなんだ住友生命さんの「1UP」のもの。
ドラマ仕立てのテレビCMもよく目にしますね。
sumisei.jpg
写真 (c)D-Project


お話の概要
とは言っても、実は浄土真宗ではそもそも「供養」という言葉をあまり使わなかったりするのですが、今回は僧侶というよりも「葬送儀礼の現場の専門家」という立場(オトナの事情)での出講です。ですので一般の方々が思い描く供養というものについて、主にその存在意義についてお話をさせて頂きました。

ともすると、私たちは「亡き人のため」に「供養してあげている」という思いを抱きます。でも供養は、亡き人のためだけに行っているのでしょうか。実は供養することで、遺された側が得るもの、感じ取るものも大きいのではないかと思います。

看取りの問題に喩えると、家族の死を受け止め易い人と受け止め難い人という問題がありますが、色々な要因があるものの、大きな要因として「精いっぱい看護・介護できたか」というものがあります。

つまり、あまり看護・介護したという実感が持てない方ほど、家族が亡くなることを受け止められない場合が多いのだそうです。「しっかり面倒を見てあげた」という思いは、送る側の気持ちに良い働きを及ぼすということだと考えられます。

話を供養に戻すと、供養にも同じような面があります。近年、簡略化や省略が進んでいますが、果たしてそれで本当に良いのか、しっかりと考えて頂きたいということを中心にお話をさせて頂きました。


私が得たもの
耳を傾けて頂いた方に、少しでも何か受け止めて頂ければ、私にとって嬉しいことです。しかし今回、私も得たものがありました。

いつもはこうした場では僧衣を身に纏って話すのですが、今回はオトナの事情で作務衣姿でお話しをしました。人前で話すのは少なからず慣れていたつもりだったのですが、開始直前になって急に不安感が襲ってきたのです。その不安感の原因を自分で探ると、それは「僧衣を着ていない」ことでした。

つまりいつもは僧衣を着ることで、素の自分に「僧侶」という歴史ある立場が持つパワーが上乗せされていたことに気がつかされたのです。それを脱ぎ去った自分が、これほど心細くなるとは思いもよりませんでした。


ふと、アニメでも有名な一休さんの逸話を思い出しました。
ある邸宅での宴席に招かれた一休禅師は、ボロボロの服装で向かいます。すると門番は話も聞かず門前払いをします。
一度帰った一休さんは、今度は美しい衣を着て出かけると、門番の態度はうって変わって丁重なものとなりました。
すると一休さん、「招待されたのは、この衣のようだ」と門前で衣を脱いで置いて帰ってしまったという話です。

外見で人を判断してはならぬという戒めだと思っていましたが、日本人にとって僧衣というものが一定の意味を持つという話でもあるように感じました。衣を脱いだ自分であっても他者から信頼を得られるよう、精進していきたいと思います。

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女子力1UP ご質問の回答その2

スクリーンショット 2016-06-09 06-09 10.31.22.png
2016年6月3日、住友生命さん東神田営業所で行われた「女子力1UPセミナー 第6回」に出講させて頂き、多くの方々に耳を傾けて頂き、またアンケート用紙にたくさんの質問を頂きました。
前回は事前にお寄せ頂いた質問にお答えしましたが、今回は当日の講演を聞いた上でのご質問です



質問:母が末期癌となり、死期が迫っています。
子どもは自分を含め娘だけで、両親は離婚しています。
母方の祖父母が建立したお墓がありますが、母の死後、母の遺骨をそこに納骨すべきでしょうか?
また将来自分が亡くなったとき、分骨して半分は夫と共に埋葬され、もう半分は母と一緒のお墓に入りたいというのは常識外れでしょうか?
※一部内容を編集いたしました

回答:お母さまが大病をなさっているとのこと。お気持ちの上でも、実務的な面でも、大変な状況かと思います。あまり無理しすぎないよう、休めるときにはしっかりとお休み下さい。

お母さまのお骨について色々お考えなのですね。母方の祖父母が建立したお墓に納骨すべきか、また自分が将来亡くなった時に分骨をして母と一緒にしてもらっても良いか。他にも色々思い浮かぶことがあるのではないでしょうか。

「こうしたい」という気持ちが強くなり過ぎると、他の選択肢に目が行かなくなることもあります。あまり思い詰めずに、ご親戚やご主人、ご姉妹ともよく相談なさることが大事だと思います。

ちなみに「自分が将来亡くなったとき、半分を主人とのお墓に、もう半分を母と一緒に」というのは、あまり聞いたことがありません。それだけお母さんを思う気持ちが強いものと拝察しますが、お骨はあくまでお体の一部です。執着し過ぎないようにするのも大切なことだと思いますが、いかがでしょうか。


質問:お寺を選ぶときは、出身地や住居地に関係なく、好きな場所を選べるのでしょうか?

回答:はい、出身地や住居地は全く関係ありません。また、実家が○○宗だから、自分も同じ宗派を選ばなければいけない、ということもありません。日本には信教の自由がありますので、自分がこれと思う宗派やお寺を選ぶことができます。

ただ、頑固な親戚などがいる場合はちょっと考える必要がありますし、「お墓を」ということであれば、住居地からの距離も考えたいところです。
とは言っても現代は、引越する可能性もあれば、遠距離移動も楽です。お墓が近ければマメにお参りするかというと、決してそういう方ばかりではありません。

ご自身が何を基準にするかを考えて、検討なさってみて下さい。もちろんウチを選んでいただいても結構ですよ(笑)。


質問:2年前に主人を亡くし、お骨は自宅の仏壇前に安置しています。
子どもは娘が二人で、それぞれ嫁いでいます。
今後のことですが、例えば娘の嫁ぎ先と宗教が違っても、その近くにお墓を建て、その宗教の教えを頂いてもよいのでしょうか?
ちなみに私は浄土真宗本願寺派、娘の嫁ぎ先の一つは神道、もう一つは仏教の他宗派のようです。

回答:2年前にご主人を亡くされたとのこと、お悔やみを申し上げます。今年は三回忌の年にあたりますね。先日もお話した通り、「供養」は故人のためだけでなく遺族のためでもあります。ご無理のない範囲でお勤め頂ければと存じます。

今後の件ですが、近年は子どもがいない、子どもが娘だけ、というご相談が増えています。色々なパターンが考えられますが、ご自身の宗派と娘さんの嫁ぎ先の宗派が違っても、ご自身がそちらの宗教・宗派で構わないということであれば、そこの教えを頂いても構いません。

お墓にしても、最近は「両家墓」というものも増えています。例えば従来のお墓では「○○家之墓」などと書いてあった中央の石に「南無阿弥陀仏」とか「ありがとう」という言葉を彫り、左右の花立てに「△△家」「□□家」などと彫る方法です。

あとは、これも講演で申しましたが、合同墓なども検討されてみてもよろしいかと思います。


質問:お墓が地方にあります。
両親は亡くなっていて、親戚は近くにいません。
現在住んでいる東京近郊にお墓を移したいのですが、どうしたら良いのか教えて下さい。
現在のお墓は、近所のお寺の墓地にあります。

回答:ご両親のお墓が地方にあり、質問者さんのお墓は近所のお寺にある、ということでしょうか? そして、地方のお墓を「墓じまい」してお骨をとり出し、現在のお墓に改葬したい、ということでしょうか?

最近は「墓じまい」やお墓の引越が多いそうですので、それほど珍しいことではありません。まずはご家族で話をまとめた上で、現在のお墓の管理者(住職)に受け入れ可能かご相談下さい。

そこでOKが出れば、今度は地方のお墓の管理者に話をします。書類上のことなど大変そうなことがあれば、行政書士さんに相談なさるのも安心できると思います。
私の知人で、お墓の移転などに詳しい方のHPリンクをお知らせしておきます。

OK行政書士事務所


質問:海洋散骨をするにはどうすれば良いですか?
費用はどの程度でしょうか?
よろしくお願いします。

回答:第4回のアンケートにも同様の質問がありましたので、以下同じ回答をさせて頂きます。

講演の際にもお話しましたが、全てのお骨を散骨することは基本的にお勧めしていません。遺された方が「手を合わせる場所がない」と後になって後悔する場合が少なくないからです。

それで本題の海洋散骨の費用や方法ですが、これは形態や業者さんによってピンキリのようです。
まず形態ですが、どこの海(地元の海か、沖縄か、ハワイか)に散骨するかによって移動にかかる費用が違います。
また、船をチャーターして家族や親族で執り行うのか、他の方々と合同乗船するのか、自分たちは乗船せず業者さんにお任せするのかでもかなり違いが出ます。

私の知る方で海洋散骨に携わっている方のリンクをお伝えします。
また、こちらでは終活カフェも開いているので、そちらで詳しい話も聞くことが出来るようです。

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女子力1UP ご質問の回答その1 [その他色々]

スクリーンショット 2016-06-09 06-09 10.31.22.png
2016年6月3日、住友生命さん東神田営業所で行われた「女子力1UPセミナー 第6回」に出講させて頂き、多くの方々に耳を傾けて頂き、またアンケート用紙にたくさんの質問を頂きました。そちらに答えさせて頂こうと思いますが、まず今回は、第4回の事前アンケートに寄せられた質問からです。


質問:死んだら、どこへ行くんですか?
親とか先祖があの世から、見守ってくれたりするのですか?

回答:どこへ行くのでしょうね、行って還ってきた方がいないので、分かりません (^_^;) 
ただ私自身は浄土真宗の僧侶として、この世の縁が尽きれば西方極楽浄土で仏さまとなり、またこの世で人々を見守り導くものとなる、と信じております。


質問:戒名にランクがあるのは何故ですか?
また、ランクによって値段が違うのは何故ですか?

回答:「ランク」というのは、戒名の頭に付く「○○院」などの院号や、末尾に付く居士・大姉などのことを仰っていると思います。これはお寺に多大な貢献をしてくれた方に付けさせていただく、いわば感謝状のようなものです。

たとえば、長年にわたりお寺の総代や世話人などの仕事を務めてくれた方。あるいはずっと境内の掃除をしてくれた方。そういったご恩に報いるためにお付けします。

しかし、仕事や家庭の事情でお寺への貢献がなかなか出来ずに亡くなり、でも立派な戒名が欲しいという方もいらっしゃいます。その場合、順序が前後しますが亡くなった後に多大な金銭的貢献をしたということで、院号や居士・大姉をお付けさせて頂くことがあるようです。

ちなみに浄土真宗では戒名ではなく法名と言います。


質問:県をまたぐおハカについて
 ○○県に主人の父方のおハカが・・・
 △△県に主人の母方のおハカが・・・
 □□県に私の父方の 〃
 ◎◎県に私の母方の 〃
優先順位や気をつけなかればいけないことはありますか?
ちなみに私たち夫婦は☓☓県におハカができそうで、困っています。

回答:都道府県をまたいで4つのお墓があり、自分たちの5つ目のお墓も出来そうとのことで、大変な状況ですね。お悩みのことと存じます。

そのお墓に入っている方は誰か(それぞれの親戚がいないか)、他に墓守をする方はいないのか、地元に口を出してきそうな方はいないか、またお墓が霊園にあるのかお寺にあるのか、等々さまざまな事情を考慮しなくてはなりませんが、既存の4ヶ所を「墓じまい」して、 ご自分たちの新しいお墓に移すということも考えられます。

自分たちだけで考えて決めようとせず、周囲と相談しながら考えてみて下さい。


質問:散骨について。
希望は海。費用、方法。

回答:講演の際にもお話しましたが、全てのお骨を散骨することは基本的にお勧めしていません。遺された方が「手を合わせる場所がない」と後になって後悔する場合が少なくないからです。

それで本題の海洋散骨の費用や方法ですが、これは形態や業者さんによってピンキリのようです。
まず形態ですが、どこの海(地元の海か、沖縄か、ハワイか)に散骨するかによって移動にかかる費用が違います。
また、船をチャーターして家族や親族で執り行うのか、他の方々と合同乗船するのか、自分たちは乗船せず業者さんにお任せするのかでもかなり違いが出ます。

私の知る方で海洋散骨に携わっている方のリンクをお伝えします。
また、こちらでは終活カフェも開いているので、そちらで詳しい話も聞くことが出来るようです。


質問:地元の法事やお葬式で100円を出して焼香するのですが、100円は何のために出すので すか?

回答:なんででしょうねぇ? そのお寺の住職に聞いてみて下さい…
…というのは冷たいですね (^_^;) 

でも仏事などの風習・習慣は、地域によって驚くほど違いがあるので、実際のところはその地域の僧侶に聞いてみないと分かりません。ちなみに私の予想ですと、元々は「寺参り銭(てらまいりせん)」というものではないかと思います。

文字通り、お寺にお参りした時に賽銭箱(浄財箱)に入れるお金が、形を変えてお焼香の際にお出しするようになったのではないでしょうか。


質問:供養 養を供える?不思議なことば
おぼうさんも供養されるので しょうか?
供養は人や動物だけですか?

回答:私の講義の時にもこの問いについて触れさせて頂きましたが、改めて解説します。

まず「おぼうさんも供養されるのでしょうか?とありますが、そもそも「供養」とは、食事や衣をえて、僧侶をう(布施)行為です。

なんでおぼうさんを養わなければならないかというと、初期仏教では、僧侶は労働を禁じられていたからです。僧侶は乞食(こつじき・托鉢)をし、一般生活者からのお裾分けで暮らしていたからです。

その後、供養の意味が拡大し、仏さま・亡き方やご先祖さま・動物(ペットというより、狩猟・漁業によるもの。例:鯨法会)・物品(例:針供養・人形供養など)などを供養するようになりました。

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2016年6月号 [和庵だより]

◇ おてらおやつクラブ ◇
 なんとも可愛らしいタイトルですが、実はこれ、かなりシリアスな活動なのです。最近は新聞やニュースでも取り上げられることが多くなりましたが、元々は奈良県の浄土宗寺院で始まった活動で、お寺にお供えされたお菓子や果物のお下がりを、お子さんのいる貧困家庭に「おすそ分け」しようという活動です。

 「子どもの六人に一人が貧困状態」だそうですが、私は初めて聞いた時「大げさな! 外で子どもを見ても、ボロボロの服や裸足で歩いている子などいないじゃないか」と思いました。しかし戦後のいわゆる「浮浪児」とは違い、現在はまだ使用可能な衣服や靴が手に入るので、外見でそうと分かりません。けれどそれが、かえって問題を見えにくくしています。

 「おてらおやつクラブ」の活動は、ただ単に食料を供給しよう、というものではありません。人は貧困に加え、孤立することで困窮の度合いを深めます。「仏さまのお下がり」をお渡しすることで生まれる安心感、また「渡す」という行為で生まれる繋がりが大きな目的のひとつです。

 また日本各地で、共働き家庭の「孤食」や経済的困窮から来る栄養の偏りを解消すべく「こども食堂」が開かれ、多くのお寺もそこに関わっています。なごみ庵でもこれらの活動を応援しようと、地域の社会福祉協議会を訪れ、支援先を増やしています。皆さまもどうぞご助力ください。

 とは言っても、なごみ庵に大量のお菓子を届けて下さい、ということではありません。お供えの機会があれば、日保ちがするものや、小分けしやすいものなどを念頭に置いてお選び頂ければ有り難いです。

◇なごみ庵十周年ご寄付…2名さま
◇熊本地震 被災寺院義援金…1名さま


△ お 知 ら せ △

◎6月3日(金)18時30分〜20時 女子力1UPセミナー
住友生命 東神田営業所さまにて、全6回で開催されている「女子力1UPセミナー」。なんとも私に不似合いなタイトルですが、最終第6回「クヨウ」の回の講師としてお招き頂きました。入場無料です、よろしければお出かけください。 お申し込み先 03−5820−1115

◎お盆・初盆 合同法要 7月15日(金)・8月14日(日)いずれも10時30分
なごみ庵では7月・8月いずれもお盆の法要をいたします。今年からなるべく暑い時間を避け、午前10時30分開始となりますので、ご注意下さい。
同封の「法名用箋」に故人さまのお名前と法名(戒名)を記入頂き、当日または事前に持参/郵送/FAX(045-491-3909)などでお出し頂ければ、法要の際に奉読させて頂きます。

@個別のお盆・初盆をご希望の方は、お早めにご連絡をお願いします。
なごみ庵で、ご自宅で、また霊園などでお勤めいたします。申し込みが多くなると思われますので、お盆期間(7月・8月 13〜16日)よりも前後にゆとりを持ってお考え下さい。

@お盆に特別な飾りは不要です
提灯に野菜の牛馬…浄土真宗ではこれらの飾りは不要です。お仏壇を掃除し、新しいお花を供え、手を合わせてお念仏いたしましょう。

◎課外活動 神之木地区センター笑いヨガ…6月13日(月)10時30分
      盆おどり部…6月17日(金)17時〜 平川町内会館にて
      神之木地区センター写経会 毎月第1・3(火)18時30分(変更の場合あり)

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イダイケの涙in関内陵苑さま [イダイケの涙]

横浜の関内にかるビル型寺院、関内陵苑さまにて「観無量寿経をひも解く物語 イダイケの涙」の公演をさせて頂きました。

詳しくは…坊守のブログで(←手抜き(笑))

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2016年5月の法話 [月々の法語]

今年の真宗教団連合カレンダーは、正信偈を意訳した『和訳 正信偈』から部分的に題材が取られています。
ですのでカレンダーの言葉だけを取り扱うと、正信偈をコマギレでお話することになってしまいますので、今年は正信偈を通してお話させて頂こうと思います。

正信偈は7文字で1行で、全体で120行の構成になっています。
5月は以下の12行をお話させて頂きました。

天親菩薩造論説 帰命無礙光如来 依修多羅顕真実 光闡横超大誓願
広由本願力廻向 為度群生彰一心 帰入功徳大宝海 必獲入大会衆数
得至蓮華蔵世界 即証真如法性身 遊煩悩林現神通 入生死園示応化

今回は浄土七高僧の第二祖、インドの天親菩薩の徳を讃える部分です。
天親菩薩または世親菩薩とも呼ばれる、1600〜1700年ほど前もインドにいらっしゃった仏教僧です。

今回いろいろと調べていたら、私が坊さんになってずっと勘違いしていたことを見つけました!
「横超」という言葉があります。これは親鸞聖人も浄土の教えを説く際に使っていた言葉なのですが、仏教の分類方法のひとつで「竪出・竪超・横出・横超」の4つに分けられています。

「竪」は自分の力で悟りを目指すこと。
「横」は仏さまの力で悟りを得ること。
「出」は一歩ずつ悟りに進むこと。
「超」は一瞬にして悟りを得ること。

それで、何を勘違いしていたかというと…
「竪」「堅」だと思っていたのです!
今までは、なぜ「よこ」に対するのが「かたい」なんだろう? と思っていたのですが、よくよく見れば「竪琴」の「竪」。つまり「よこ」に対していたのは「たて」だったのです。今まで何と迂闊だったのでしょう… (>_<) 


さて、気を取り直して進めていきます (^_^;) 
お釈迦さまの悟られた道は「竪出」で、また仏教のスタンダードはこの道です。一所懸命に修行して、一歩一歩着実に悟りを目指します。

しかし誰もがその道に邁進できるわけではありません。修行も学問も出来ない人々のために開かれた道が、お念仏の道です。阿弥陀仏に全てを任せようという気持ちになった所で、迷いの世界から悟りの世界へと「横超」、すなわち「横っ飛びに超えていく」と天親菩薩は説かれています。


そして浄土に往生した者は、再び私たちの世界に還ってきて、神通力によって人々を救う、とも説かれています。よくご葬儀などで「安らかにお眠りください」と言うことがありますが、実はゆっくり休んでなどいないで、私たちのために働いてくださっているというのです。

身近な例をあげれば、亡くなった人のことを思い出して、大切なことにハッと気づくようなことがあったとします。もちろん自分が頭で考えて気づいたというのが本当のところかもしれません。しかしそういう時、私たちは『亡き人に導かれ、気づかされた』と受け止めることがあります。これはつまり、亡き人が「私」の為に働いて下さったという、こころ豊かな受け止めではないでしょうか。

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浦上哲也、女子力について語る [その他色々]

なんの因果か、2016年6月3日に「女子力1UP講座」なる場で講演をすることになってしまいました Σ(゚д゚|||)

私に「女子力」を語れと言われても、アルマジロに「うるすべ素肌」を語らせるようなものです。親しいお坊さんに「ゼロに何をかけてもゼロだと思うけど頑張ってね」と暖かいお言葉を頂きました (T_T)


今回のご縁、住友生命さんが主催の連続講座で、第1回目は元アナウンサーで現在は弁護士をされている菊間千乃さんが記念講演。私も会場の下見を兼ねて参りましたが、さすがに多くの方が詰めかけ、また話の内容もただただ頭が下がる素晴らしいものでした。

そこから毎月1回、テーマを「カラダ」→「ココロ」→「マネー&ルール」→「ケア」と進めていき、最終回は「クヨウ」がテーマとなります。
「クヨウ」がテーマなのに、会社の規定で特定の宗教宗派を名のることはならぬ! とのことで「浄土真宗」どころか「僧侶」ともチラシに書くことができず、ご覧の通り何とも正体不明なプロフィールに (^_^;) 
怪しまれて人が集まらなくっても私のせいじゃないぞ! と今のうちに保険をかけておきます(笑)。
第6回チラシ表.jpg


さて、話しを戻しますが、今回は特定の宗教宗派に偏らず、人間の持つ自然な心情として亡き人を追悼する気持ちがあること。そしてそこに、様々な宗教が関連している流れについてお話をさせて頂こうと思っています。
また後半では、現在の日本は葬送儀礼や遺骨の行方が多様化していること、そしてそれぞれの特徴やメリット・デメリットについてお話をさせて頂く予定です。

話そうと思っていることに比して与えられた時間が短過ぎるのが心配ですが、精一杯お話させて頂こうと思います。

入場無料で、どなたでも参加可能です。会場や申込については下の画像をご覧ください。
もちろん女性の方々、また男性も入場不可ではないので、私と共に「女子力」について学びましょう!(笑)

第6回チラシ裏.jpg
※お申し込みは 03−5820−1115 まで電話でお願いいたします。

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『最高のお葬式 最高のご供養』 [その他色々]

「未来の住職塾」で共に学んだ曹洞宗僧侶 小黒澤和常さんの初著書『最高のお葬式 最高のご供養』を紹介いたします。
小黒澤.jpg

仏教はそもそも、生きている人間が悟りを目指すことを目的に始まったものであって、亡き方の葬儀や供養をするために始まったものではありません。

ところが、いつしか仏教(だけでなく他宗教でもそうですが)は葬送儀礼を司るようになり、日本ではそれに傾き過ぎた流れを「葬式仏教」と呼んで警鐘を鳴らす場合もあります。それに対抗する動きとして、最近はエンゲイジド・ブッディズム(社会参加型仏教)という言葉もある通り、生きている人の悩みや苦しみにアプローチする僧侶も多くなりました。


しかしこの本は、その流れに逆行するようなタイトルで異彩を放っています。
それもそのはず、著者の小黒澤和常さんが副住職を務める気仙沼市の松岩寺さんは、大きな落盤事故で犠牲になった方々を追悼するために建立された、まさに「供養のためのお寺」だったのです。

また小黒澤さんが修行中、東日本大震災が発生しました。気仙沼にある松岩寺も周囲のお檀家さんたちも多大な被害を受け、亡くなった方も大勢いらしたそうです。僧侶としてスタートを切りつつあった時に起きた大災害に、より「供養」という思いを強くしたことは想像に難くありません。
その思いが結実したのが、この『最高のお葬式 最高のご供養』でした。


小黒澤さんは未来の住職塾に在籍中、また卒業後も非常に熱心に学ぶ姿勢を見せてくれました。普段は東北に在住しているものの、都内で勉強会があると必ずと言っていいほど顔を出していました。その学びをまとめ、本にしたいという話は計画段階から聞いていましたが、失礼を承知で言えば「広く、浅く」というものになるのではないかと思っていました。

第3章は「挑戦するお寺」と題され、様々な活動をする寺や僧侶が紹介されています。私もワークショップ「死の体験旅行」を中心に紹介していただいていましたので、協力御礼ということで発売直前に本が届きました。そして、出版前の懸念が杞憂に終わったことに気づかされたのです。

内容は多岐にわたりますので「広く」と表現できますが、ひとつひとつの中身は決して「浅く」ではなく、彼が足で集めた情報が惜しげも無く盛り込まれています。現在日本の仏教界を、これほど網羅しているものはないのではないか、と感じました。


また、小黒澤さんは僧侶になる以前はファイナンシャルプランナーという職業に就いていたことも、独自の視点を養う要因となっています。多くの僧侶は「お金」の動きにうとく、また口にすることを憚る風潮があります。しかしFPというお金の専門家としての顔を持つ彼は、忌憚なくそこに触れていきます。それは経済活動の中で生きる現代日本人にとっては「分かりやすい」という評価に繋がるものだと思います。


タイトルの「葬儀」や「供養」に強い関心が無くても、全般的に非常に興味深く読めるお勧めの一冊です。

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地区センターで終活講座 [その他色々]

写経会や笑いヨガでお世話になっている神之木地区センターさんで、お墓の話を中心とした終活講座をさせて頂きました。昨年NHKのお墓に関する番組に出演させて頂いたり、合同墓の建立で色々調べたりしたことで、自分で言うのもなんですが、かなり詳しくなっているようです (^_^;) 

来場者は20名ぐらいとそれほど多くないものの、お墓のことで考えたり悩んだりしている方々ばかりですので、とても熱心に話を聞いて下さいました。

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話の中心は、お骨をどうするか、という問題。
上の絵は目次のようなもので、ここからひとつひとつ丁寧にメリットやデメリット、特徴やアドバイスをお伝えしました。

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あとは誤解されやすい「お布施」についても解説。

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お布施というものは決して「モノの価格」のように明文化してはいけないということを話しつつ、でも全く何も言わないのも不親切なので、私は「これぐらいの方が多いですよ」などとお伝えすると説明いたしました。


全体を解説した後に、質疑応答の時間をたっぷり30分とりましたが…質問が終わらない (>_<) 
結局終了後も残って質問や相談なさる方がいらして、お互いにとって充実した時間になったと感じました。

講義の様子を撮影してアップしようと思っていましたが、坊守が写真をとり忘れたので(笑)ナシです。

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