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ようこそ! 倶生山(ぐしょうさん)なごみ庵HPへ!

なごみ庵は2006年に開所した、ちいさな新しいお寺です

〜定例行事予定〜
・9月 2日(第1金):イキイキ長いきの会 14時
・9月 9日(第2金):法話会 13時/19時
・9月16日(第3金):写経会 10時半
・8月26日(第4金):笑いヨガ 10時半
※いずれの会も1時間ほど、その後茶話会(参加自由)があります
※いずれの会も参加費500円ほどお願いしています
(写経初回と夜法話会のみ1000円ほどお願いします)
※宗教・宗派を気にせずおいで下さい
※初回来場者には腕輪念珠プレゼント

〜課外活動予定〜
・写経会in神之木地区センター(横浜線大口駅 東口より徒歩4分)
 毎月第1・3(火)18時半〜(変更の場合あり 要お問い合わせ)
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枯れミミズ、ふやけミミズ [その他色々]

真夏に近所の公園を歩いていると、たくさんのミミズが干からびてしまっている光景を目にします。
そして脇の水路を見ると、今度は溺れ死んでしまったのか、白くふやけたミミズも数多くいます。
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ミミズの生態に詳しくないので理由は分かりませんが、炎天下や水中になど出てこず、居心地の良い土の中にいればいいのに…と哀れに思ったり、やはり知性が無いせいだろうか…と思ってしまいます。

でもふと、ミミズだけが愚かなのではなく、仏さまから見れば人間もそう変わらないのではないか、と感じました。
たとえば真冬に、暖房器具や火の不始末で火事に遭い亡くなる方もいます。そうかと思えば真夏に熱中症で亡くなる方や、水の事故で亡くなる方もいます。

こうした熱や水など直接的なことだけではなく、傍から見れば「何故それほど苦しまなければならないのか」「何故こんな亡くなり方をしなければならないのか」と考えさせられるような事柄は枚挙にいとまがありません。


浄土教のたとえ話で「二河白道(にがびゃくどう)」という有名な説話があります。
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(奈良 淨教寺さまHPより)

荒野を旅する人を、後ろから盗賊や山賊、虎や蛇などの獣が追いかけてきます。それらから逃げようとしても、目の前には激流の川と炎の川が流れていて進むことが出来ません。しかしその川に1本の細く白い道が通っています。
こちら岸ではお釈迦さまが「この道を進みなさい」と仰り、また向こう岸では阿弥陀仏が「こちらに渡ってきなさい」と声を掛けてくれています。


旅人は私たち人間、群賊悪獣は人間の根源的な愚かさ、水の激流は果てしのない欲望、炎の川は人間の自己中心性から起こる怒りを表しています。そして細く白い道は仏道を表し、向こう岸は「彼岸」、つまり安らかな悟りの世界を表しています。

私たち人間は、ミミズを愚かで哀れだと見ます。
しかし仏さまから見た人間は、様々な煩悩に左右され翻弄され苦しんで生きている、愚かで哀れな存在と見ているのかもしれません。

煩悩に振り回される生活から離れることは難しいことですが、それでも「振り回されている」と自覚するだけでも生き方が変化する可能性が生じます。仏教では自身の「愚かさを知る」ことがひとつの大きなテーマになっているのです。

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吉田沙保里選手の自責の言葉を否定してはいけない [カウンセリング]

2016年8月19日、起床し朝のお経を勤め、そそくさとテレビを点けてことばを失った。
そこには「吉田沙保里、銀メダル」という言葉が映し出されていたからだ。

前日夜には五輪三連覇、200連勝を超える実力を遺憾なく発揮し、3試合連続の完封。「確実」ということは有り得ないが、これほど金メダルに確実性の高い選手は他にいないと思っていた。

近代オリンピックの歴史で、4連覇はわずかに3人。前日に伊調馨選手が4人目、しかもロシアの英雄アレクサンダー・カレリン選手でも為し得なかった格闘技初の四連覇を達成した時点で奇跡は起こっていたのかもしれない。

2日続けての奇跡が起こるだろうと思っていた私の目に、すぐに信じることの出来ない吉田選手の涙のコメントが何度も画面に繰り返されていた。


吉田選手は繰り返し、自責と謝罪の言葉を連ねていた。その悲痛な表情を見て私も涙があふれてきた。充分過ぎる戦績と、重過ぎる責任を背負った彼女を責める者など誰もいない。誰もがその刻苦を労い、功績を讃え、与えられた勇気に感謝の言葉を贈るだろう。

けれど、吉田選手が口にした、自責や謝罪の言葉を「そんなことはありませんよ」と言ってはいけないと思う。なぜなら彼女は、人生を全てかけて挑戦し求めていた結果が、その両手から滑り出してしまったからだ。誰にも想像できないほどの巨大なグリーフ(喪失悲歎)を得たのだ。

自責と謝罪の言葉は、そのグリーフから出てきたものだと思う。だから「そんなことはありませんよ」「立派な戦いでした」「自分を責めないで下さい」という思いやりから発せられることばは、実は吉田選手の「今ぐらいは嘆き悲しみたい」という気持ちを否定することになってしまうのではないだろうか。

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仏教には「同悲」や「同治」という言葉がある。相手と同じ気持ちになって寄り添い、相手の気持ちを肯定するアプローチだ。もし自分が吉田選手に会えるとしたら、「私も悔しかった、悲しかった」という気持ちを胸に抱いて、ただただ寄り添いたいと思う。

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2016年8月号 [和庵だより]

◇ 永六輔さんの冥福を祈ってはいけない ◇

 去る七月七日、永六輔さんが八十三歳でお亡くなりになりました。それについてインターネット上に記事を書いたところ、非常に反響が大きかったので、こちらでもお伝えさせて頂きます。

 その記事のタイトルは「永六輔さんの冥福を祈ってはいけない」でした。ニュースなどでよく耳にする言葉ですが、元を正すと「冥福」とは「冥土での幸福」という意味です。辞書を引くと冥土とは「死者が行く暗黒の世界、地獄・餓鬼・畜生の三悪道をいう」などと書かれています。つまり、亡くなった方が地獄のような世界に堕ちていることが前提の言葉です。

 もちろん皆さん、そうと知って使っているわけではないので目くじらを立てる必要はないのですが、実は永六輔さんは浅草の浄土真宗寺院に生まれた方で、仏教的な知識もあり、信念をお持ちだったと思われます。

 十数年前、築地本願寺で勤められた著名人の葬儀に永さんが参列した際、本堂から出てきた時にレポーターが「天国の〜〜さんにひと言お願いします」と尋ねました。すると永さんは「〜〜さんは天国ではなく、浄土に往ったんです」ときっぱりと答えたそうです。

 そんな永さんですから、もしアナウンサーが「冥福をお祈りします」と言ったら「私は冥土に行ってません!」と叱られるかもしれませんね(笑)。そういう意味で、このタイトルになりました。

 ちなみに、宗派や宗教を問わずに用いることの出来る言葉としては「哀悼の意を表します」や「お悔やみを申し上げます」が比較的無難だと思われます。ぜひ覚えておいて下さい。


△ お 知 ら せ △

◎お盆・初盆 合同法要 8月14日(日)10時30分
なごみ庵では7月に続き、8月もお盆の法要をいたします。今年からなるべく暑い時間を避け、午前10時30分開始となりますので、ご注意下さい。
先々月号に同封した「法名用箋」に故人さまのお名前と法名(戒名)を記入頂き、当日または事前に、持参/郵送/FAX(045-491-3909)などでお出し頂ければ、法要の際に奉読させて頂きます。追加で必要な方はご連絡下さい。
なごみ庵での法要にご参加の方は、準備の都合上、なるべく出席をお知らせ頂けますよう、お願いいたします。

@個別のお盆・初盆をご希望の方は、お早めにご連絡をお願いします。
なごみ庵で、ご自宅で、また霊園などでお勤めいたします。申し込みが多くなると思われますので、お盆期間(8月13〜16日)よりも前後にゆとりを持ってお考え下さい。

@お盆に特別な飾りは不要です
提灯に野菜の牛馬…浄土真宗ではこれらの飾りは不要です。お仏壇を掃除し、新しいお花を供え、手を合わせてお念仏いたしましょう。ただし、もともとお持ちだったり、親戚などから頂いた場合は、お飾り頂いても結構です。

◎課外活動 神之木地区センター笑いヨガ…8月8日(月)10時30分
      神之木地区センター写経会 毎月第1・3(火)18時30分(変更の場合あり)
 十日市場地区センター盆踊り練習会 8月19日(金)・29日(月)両日15時30分

◎9月19日(月祝)10時30分より 秋のお彼岸法要 なごみ庵にて
  〜親と子の読み聞かせ 絵本に学ぶ仏さまの教え〜

秋のお彼岸法要は、最初に皆さんとご一緒にお経のお勤めをし、お供え頂いた法名用箋のお名前を奉読いたします。
続く絵本の朗読は、シェル・シルヴァスタイン作、村上春樹訳の『大きな木』です。本当に幸せなことって何だろう…と考えさせられる、不思議な作品を一緒に味わいませんか。
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朗読のあと、住職が絵本にちなんだ法話をし、そしていつものように茶話会です。ぜひ、ご家族・お子さん・お孫さんもお誘いください。
ご参加の方は準備の都合上、なるべく申し込みをお願いいたします。

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朝題目に夕念仏 [その他色々]

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「朝題目に夕念仏」ということわざがあります。
朝には天台宗や日蓮宗で大切にしている「南無妙法蓮華経」のお題目を唱え、夕には浄土教で大切にしている「南無阿弥陀仏」のお念仏を称えるということで、俗に節操が無いことの喩えとして使われます。



先日、お付き合いのあるお寺から葬儀を頼まれました。長年患っていた男性が亡くなり、お通夜の無いいわゆる「一日葬」で、当日の朝に会場に向かいました。
会場に入ると、一瞬場所を間違えたかと思いました。なぜならホールに故人の遺品が並べてあるのですが、そこに「南無妙法蓮華経」と書かれたタスキのようなものが置いてあったからです。

私は浄土真宗の僧侶ですし、手伝いを頼まれたのも当然 浄土真宗のお寺さんです。ですから「南無阿弥陀仏」と書かれたものが置いてあるのなら分かるのですが、なぜ「南無妙法蓮華経」なんだろう…
不思議に思いながら祭壇に向かうと、棺の上には「立正佼成会」と書かれたハッピが掛けられていて、疑問が氷解しました。

つまり故人は、家の宗派としては浄土真宗だったけど、個人の信仰としては日蓮宗系の新宗教である立正佼成会を大切にしていたのです。喪主である奥さまも同様の信仰をお持ちのご様子で、とは言っても先祖代々守ってきた菩提寺に葬儀を頼まなければならないという、複雑な気持ちを抱えていらっしゃるようでした。

お参りと挨拶を済ませ、控え室で着替えながら、どんなご法話をすれば良いのか考えました。ご主人を失って悲しみ、また複雑な気持ちを抱いている喪主さんに、どんな言葉が届くだろう…。


時間になり、式場に入りました。私はいつも、読経の前に法話をさせて頂きます。
そこで「朝題目に夕念仏」の話をしました。現在では節操が無いという喩えに使われる言葉ですが、もともとは日本仏教の総本山とも言える天台宗においては、朝はお題目を唱え、夕はお念仏を称える。その合間には真言を口にすることもあるでしょうし、坐禅を組む事もあるでしょう。つまり本来の意味は、仏教を広く学ぶ事なんですよ、とお伝えしました。

そして、亡き方は浄土真宗のお寺の門徒でもあり、法華経を大切にする方でもありました。だから読経の最初と最後に、よろしかったらご一緒にお題目とお念仏を3回ずつおとなえしましょう、と話しました。

参列の家族親族は一所懸命に話を聞いていて下さいましたし、喪主である奥さまは話の途中から涙を流されていました。そして読経の最初と最後に3回ずつ、私が辿々しく唱えたお題目と、口に馴染んだお念仏に、皆さん声を合わせて下さいました。

浄土真宗の僧侶としては、けっして「正解」とは言えない行動だったかもしれません。けれど、故人が信じ大切にしていたことを蔑ろにしたくないと思っての行動でした。


式の後、喪主さんが近くに来て、何度も何度もお礼を言ってくれました。そして「夫は立正佼成会も一所懸命に信じていましたけど、お寺も大好きで毎月お参りに行っていたんですよ。お題目もお念仏も両方となえて頂いて、有り難うございました」と仰って頂き、ホッとしました。

ここ最近は「超宗派」、つまり宗派を超えて協力する事がひとつのムーヴメントになっています。私も「寺社フェス向源」や「自死・自殺に向き合う僧侶の会」「未来の住職塾」で宗派を超えたお付き合いをさせて頂いています。そのご縁があったからこそ、こんな話をする勇気を頂けて、またご遺族に安心して頂く事ができたんだな、と感謝の気持ちで胸が満たされました。

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恵信尼ものがたりin滋賀 宝満寺さま [恵信尼ものがたり]

滋賀県の真宗大谷派、宝満寺さまで「恵信尼ものがたり」公演のご縁を頂きました。
せっかく琵琶湖のほとりまで行くのに、前後の日程が詰まっていて日帰り (T_T)

私が以前学び、今は卒業生会の会長をさせて頂いている「未来の住職塾」という組織があります。せっかくの出張なので、行き先付近に卒業生のお寺が無いかと検索すると、いつも「死の体験旅行」開催でお世話になっている「寺子屋ブッダまちのお寺の学校」の堀内さんご実家があるではないですか!

日帰りの強行軍がさらに厳しくなりましたが、そちらもお伺いすることにいたしました。

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まずは1ヶ寺め、蓮泉寺さま。
ご本尊は秘仏で拝見できませんでしたが、亀に乗った観音菩薩さまだそうです。
そして地蔵菩薩も大切にしていらっしゃるお寺で、水子供養とともに、子どもが無事に育つようにという祈りがのぼりとなって風に揺られていました。

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2ヶ寺めは正覚寺さま。
地域と連携し、境内に噴水のある憩いの場となっているそうです。

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そして…お芝居を公演させて頂く宝満寺さま。
到着してお堂を拝見したら……デカい Σ(゚д゚|||)
境内もお堂もこれだけ大きいと、維持管理が大変だろうと変な部分を心配していました。本堂はおそらくルンバ6台ぐらいを放牧しないといけないレベルです(笑)。

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公演そのものは、本堂横の会館でさせて頂きました。
私の法話も、お芝居も、皆さん熱心にご覧頂きました。今回の企画を練っていただいた副住職さまの、普段からのご教化の賜物だと感じ入りました。

終演後は新幹線の時間があるので、そそくさと退散。
流石に強行軍で疲れたのか、あやうく寝過ごして新横浜をスルーするところでした (^_^;) 

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愛知 全忠寺さまで「死の体験旅行」 [死の体験旅行]

愛知県は知多半島の曹洞宗 全忠寺さまで、ワークショップ「死の体験旅行」を開催させていただきました。
全忠寺HP http://zenchuji.lomo.jp

全忠寺さんと なごみ庵は宗派が違うものの、「未来の住職塾」や「寺社フェス向源」で親しくさせていただいていて、ご住職には以前名古屋の久遠寺さまで「死の体験旅行」を受けていただき、今回のご縁に繋がりました。

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全忠寺ご住職、笑顔がステキすぎます♡

新横浜から新幹線で名古屋、名鉄で知多半島を目指します。
駅までお迎えを頂き、お寺に到着。

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本堂の入口上に飾られる彫刻のような瓦が見事です。

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本尊の釈迦三尊像には五色の糸が結びつけられ、それが本堂を突っ切って外の白布にまで繋がっています。お参りにいらした方は、その白布に触れてお参りすると、ご本尊と直接触れたことになるのだそう。

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これがそのご本尊、釈迦三尊像です。
向かって右の水瓶を持っているのが、もちろん観音菩薩です…
…というのはもちろんウソで、これは近隣の海水浴場のマスコット兼守り神として作られたカッパの像だそうです。

ご住職はさすが住職塾の卒業生で、お寺では様々な行事が行われています。
たとえば…
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地元で多く採れる竹を使った灯籠。
夏の夜にはロウソクを入れ、幻想的な一夜を迎えるそう。

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こちらは地域の同宗派(曹洞宗)寺院で協力して開催する「お寺フェスタ」。
イラストが可愛らしいですね (^_^)

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今回はこのお部屋で「死の体験旅行」を開催させて頂きました。
感性な地域ですので、本当に静寂な雰囲気の中で進めることが出来ました。

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はじめてのコンサート [徒然と記す帳_]

珍しくプライベートな内容です m(_ _)m

今までの人生で、ちゃんとチケットを取って歌手のコンサートに行くことが無かったのですが、42歳にして初体験しました。

その歌手とは…ささきいさお先生!
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アニメソングで有名ですが、甘く渋い声は「マイ・ウェイ」などでも本領を発揮します。私は勝手に「声のお師匠さま」とお慕い申し上げておりました(なので「先生」と呼んでいます)。

初めてのコンサート、いそいそと現場のJ-SQUARE SHINAGAWAに向かうと、開場を待つ多くの人たち……ん、様子が…!?
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なんだかアニメキャラのTシャツを着ている方や、ヤマトの乗組員のような方々が大勢いらっしゃいます。どうやらアニメファンが多く集まるイベントのようです!! しまった!場違い! (>_<) 

気を取り直して入場。そしてコンサートが始まると、小さな会場は一体感があり、とても盛り上がりました。多くの方が知る名曲あり、また私の知らない曲も多く(ファンの方々は的確に合いの手を入れてましたが)、でもどの曲も豊かな声で歌い上げ、惚れ惚れと聴かせて頂きました。

御年74歳で2時間、一度も座らず、軽くステップを踏みながら歌い上げます。
いや〜〜お若い! さすが我が師匠!

終了後、CD購入特典のツーショット撮影もさせて頂きましたが、緊張し過ぎて顔が固まってしまいました… (>_<) 

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永六輔さんの冥福を祈ってはいけない [その他色々]

2016年7月7日、永六輔さんが亡くなりました。
御年83歳、現在の日本では決して長生きとは言えませんが、最近めっきり衰えていらした様子を思い出すと、とっても驚いたという印象はありませんでした。

永六輔さんは実は浅草の浄土真宗寺院の生まれで、そのせいか『大往生』や『庭説法 歌えばお経・話せば法話』という仏教的な要素が盛り込まれた著書も多くあります。

私が好きなエピソードは、築地本願寺で著名人の葬儀が行われた時のこと。
著名人の葬儀となると、もちろん参列者にも著名人が多い。そうするとテレビカメラも集まり、弔問客にインタビューなどをするのはおなじみの光景です。

亡くなった著名人がどなただったか失念しましたが、浄土真宗本願寺派の築地本願寺で、浄土真宗の作法にのっとっての葬儀だったはずです。
式場から出てきた永六輔さんにテレビレポーターが「天国の〜〜〜〜さんにひと言お願いします」とマイクを向けると、永さんは「〜〜〜〜さんは天国に行ったんじゃない、浄土に往ったんだ!」と一喝したそうです。

宗教的感覚が緩やかな日本ならではの話ですが、自分が緩やかであるということと、相手がそうであるかというのは別のことですよね。ですからやはり、宗教的な知識の教育というのは大切なことだと思います。


さて、タイトルの「冥福を祈ってはいけない」です。
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この言葉自体はよく耳にするものですが、実は「冥福を祈る」というのは「冥土での幸福を祈る」という意味です。 

「冥土」を辞書でひくと「死者が行く暗黒の世界。あの世。冥界(めいかい)。冥府」や「死者の霊魂の行く世界。あの世。地獄・餓鬼・畜生の三悪道をいう」などと出てきます。

要するに「冥福を祈る」という言葉を厳密に解釈すると、亡くなった方が地下の暗黒の世界に落ちている、ということを前提にしていると捉えられます。
(hasunohaでも書いてます http://hasunoha.jp/questions/5357

つまり、しばらくニュースなどで永六輔さんが亡くなったことが報じられるでしょうが、アナウンサーが「冥福をお祈りします」などと言うと、永さんに「冥土に行ったんじゃない、浄土に行ってます!」怒られてしまうので、気をつけた方が良いでしょう。

代わりの言葉で、どんな宗教であっても無難なのは「哀悼の意を表します」や「お悔やみを申し上げます」などです。覚えておくと良いのではないでしょうか (−人−)


追記:思ったより記事への反響があったので、追記しておきます。
上記の文はあくまで浄土真宗の僧侶としての見方であって、誰もが絶対に「冥福を祈る」という言葉を使うべきでない、という意見ではありません。
元の意味はともかく、すでに人口に膾炙していますので、私も思わず言いそうになってしまうこともある程です (^_^;) 

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2016年7月号 [和庵だより]

◇ 僧衣のチカラ ◇
 住友生命さんの「女子力1UPセミナー」の講師、無事に済ませてまいりました。私と「女子力」というミスマッチな組み合わせで、友人などから随分からかわれましたが、講演のテーマは「供養」でした。参加者の興味の対象は葬儀やお墓のことですが、その一つ一つを詳しく解説するよりも、「供養」そのものの意味や意義を中心にお話しいたしました。
 「供養」とはもともと僧侶に衣服や食料を「供えて、養う」ものでした。それが仏さまや故人、動物や物品にまで対象が拡大していきます。
 ちなみに浄土真宗では「供養」よりも「恭敬(くぎょう)」という言葉を用います。これは、仏さまや亡き方は「恭しく、敬う(うやうやしく、うやまう)」尊い存在だという意味です。

 さて、今回私が感じたのが「僧衣のチカラ」でした。いつもは僧衣を着て講演するのですが、今回は諸事情により作務衣です。「人前で話すのは慣れている」と思っていたのですが、講演が近づくにつれ、作務衣でいる不安感におそわれました。
 今まで「私のチカラ」で話してきたと思い込んでいたのですが、そこには長い歴史を持つ仏教が、僧衣という形で私に大きなチカラを与えてくれ、支えてくれていたことに気づかされました。

◇ 住職が所属する「自死・自殺に向き合う僧侶の会」で小冊子『あなたに届けたい話』を発行しました。ご興味のある方に差し上げていますので、どうぞご連絡ください。

◇前号でお知らせした「おてらおやつクラブ」ですが、皆さんからお供え頂いたお菓子を、神奈川区・瀬谷区の2施設にお裾分けいたしました。


△ お 知 ら せ △

◎お盆・初盆 合同法要 7月15日(金)・8月14日(日)いずれも10時30分
なごみ庵では7月・8月いずれもお盆の法要をいたします。今年からなるべく暑い時間を避け、午前10時30分開始となりますので、ご注意下さい。
先月号に同封した「法名用箋」に故人さまのお名前と法名(戒名)を記入頂き、当日または事前に、持参/郵送/FAX(045-491-3909)などでお出し頂ければ、法要の際に奉読させて頂きます。
なごみ庵での法要にご参加の方は、準備の都合上、なるべくお知らせ頂けますよう、お願いいたします。

@個別のお盆・初盆をご希望の方は、お早めにご連絡をお願いします。
なごみ庵で、ご自宅で、また霊園などでお勤めいたします。申し込みが多くなると思われますので、お盆期間(7月・8月 13〜16日)よりも前後にゆとりを持ってお考え下さい。

@お盆に特別な飾りは不要です
提灯に野菜の牛馬…浄土真宗ではこれらの飾りは不要です。お仏壇を掃除し、新しいお花を供え、手を合わせてお念仏いたしましょう。ただし、もともとお持ちだったり、親戚などから頂いた場合は、お飾り頂いても結構です。

◎課外活動 神之木地区センター笑いヨガ…7月11日(月)10時30分
      盆おどり部…7月8日(金)17時〜 平川町内会館にて
      神之木地区センター写経会 毎月第1・3(火)18時30分(変更の場合あり)


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2016年6月の法語 [月々の法語]

今年の真宗教団連合カレンダーは、正信偈を意訳した『和訳 正信偈』から部分的に題材が取られています。
ですのでカレンダーの言葉だけを取り扱うと、正信偈をコマギレでお話することになってしまいますので、今年は正信偈を通してお話させて頂こうと思います。

正信偈は7文字で1行で、全体で120行の構成になっています。
6月は以下の12行をお話させて頂きました。

本師曇鸞梁天子 常向鸞所菩薩礼 三蔵流支授浄教 焚焼仙経帰楽邦
天親菩薩論註解 報土因果顕誓願 往還廻向由他力 正定之因唯信心
惑染凡夫信心発 証知生死即涅槃 必至無量光明土 諸有衆生皆普化

先々月、先月はインドの七高僧をご紹介してきましたが、今月からの3名は中国の高僧です。
今月は親聖人のお名前の一部にもなっている曇大師(どんらん だいし)です。

ここは正信偈の中でもドラマチックな部分なストーリーが描かれています。

曇鸞大師は「梁」の国の天子(皇帝)が菩薩と敬うほどの高僧でした。その曇鸞大師は仏教教典の研究に心血を注いでいましたが、病に倒れます。
「道半ばにして死ぬわけにはいかない」と考えた曇鸞大師は、道教の道士であり、当時随一の医学者・科学者であった陶弘景から不老長寿の秘法を学びます。

「不老長寿の秘法」と聞くと現実離れしていますが、陶弘景は医術者でもあります。おそらく曇鸞大師が学んだのは健康法ではなかったのでしょうか。

その教えを学び、意気揚々と歩む曇鸞大師の前に、インドからやってきた菩提流支が表れます。正信偈には「三蔵流支」と書かれていますが、三蔵とは仏教に広く通じた高僧を指し、またインドの言語から中国語にお経を翻訳した高僧の総称で、歴史上に多くの「三蔵法師」がいらっしゃいます。

さて、菩提流支は「少しばかり寿命を延ばしたところで、それが何だというのだ。この浄土の教えこそが、真の不老長寿の法である」と諭され、菩提流支は学んできた教えを焼き捨ててしまいます。

私などは、せっかく学んできた健康法なのだから、それはそれで利用すればいいんじゃないかと思ってしまいますが (^_^;)  きっと曇鸞大師と菩提流支の間には熱いやりとりがあったのでしょうね。

(以下妄想)
曇鸞大姉「やあ、菩提流支さん! 私はもっと仏教を研究するため、不老長寿の教えを学んできたよ!」
菩提流支「えぇ!? 5年や10年ばかり寿命が延びたからって何だって言うんです! 私たち仏道を歩む者は、生き死にの問題を超える道を求めてるんじゃ無いんですか! 浄土の教えにはそれが書いてあるんですよ!!」
曇鸞大師「そ、そうだな! もっともだ!! よし、不老長寿の法なんか焼いちゃうぜ!!」

とまあ、こんな調子ではなかったでしょうが、以降 曇鸞大師は浄土教の研究に没頭していくことになります。その中に、5月でご紹介した天親菩薩の著書を研究対象とするのですが、これは七高僧がそれぞれ独立した存在ではなく、先哲の教えを受け継ぎ発展させてきたことが示されています。
阿弥陀仏の教えをお釈迦さまが説き、七高僧が受け継ぎ、親鸞聖人に繋がっているという師資相承の流れが表されているのです。

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