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ようこそ! 倶生山(ぐしょうさん)なごみ庵HPへ!

なごみ庵は2006年に開所した、ちいさな新しいお寺です

〜定例行事予定〜
・10月 6日(第1金):イキイキ長いきの会 14時
・10月13日(第2金):法話会 13時/19時
・10月20日(第3金):写経会 10時30分
・10月はお休み(第4金):笑いヨガ 10時30分
※いずれの会も1時間ほど、その後茶話会(参加自由)があります
※いずれの会も参加費500円ほどお願いしています
(写経初回と夜法話会のみ1000円ほどお願いします)
※宗教・宗派を気にせずおいで下さい
※初回来場者には腕輪念珠プレゼント

〜課外活動予定〜
・写経会in神之木地区センター(横浜線大口駅 東口より徒歩4分)
 毎月第1・3(火)18時半〜(変更の場合あり 要お問い合わせ)
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奥多摩町は終着駅? [その他色々]

9月20日、お彼岸の入りの日、忙しくしているであろう仲間の僧侶を思いつつ、電車に揺られて奥多摩へ。
遠いですね〜。約2時間半、奥多摩駅1つ手前の白丸駅で下車し、散策路を進み始めました。

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歩き始めてすぐに大きな橋を渡るんですが、そこからの景色が絶景です!
川の中央には、1人乗りのカヌー? が進んでいます。

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平日だからでしょうか、前にも後ろにも誰も見えず、気持ちの良い空気の中をてくてくと歩きます。
つい先日、禅僧で心療内科医の川野泰周師の著書『悩みの9割は歩けば消える』を読み、「歩くことに集中」して歩くことが大切だということを学んでいたので、そう意識をして歩を進めます。

しかし…
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「熊出没注意!」の看板、他にも「マムシに注意!」の看板を見て、すぐに心は乱れてしまいました (^_^;) 


さてワタクシ、お彼岸の入りにレジャーに行ったわけではありません。
実は奥多摩町役場の福祉保健課から、「自死・自殺に向き合う僧侶の会」に講演依頼が入りました。
9月の中〜後半が希望ということで、身動きの取りやすい私が引き受けることになりました。

タイトルに「奥多摩町は終着駅?」と書きましたが、1つの路線の終着駅であるという特性か、町外から訪れて自死をする方が多く、7年ほど前から町をあげて自死対策に取り組んでいるとのこと。

毎年、精神科医や行政書士の方が講師となって講座を開いてきましたが、今回初めて宗教者を招いたところ、目新しさもあってか来場者が非常に多かったそうです(係の方が急いで資料を増刷していました)。

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話の内容は、前半40分ほどが「僧侶の会」の活動紹介。
そして後半40分ほどは、詩人の金子みすゞさんや、最近テレビなどで話題になった出来事をモデルとして傾聴のケーススタディを行い、最後に質疑応答という構成でした。

重い話題ですので少しユーモアを交えつつでしたが、皆さん一所懸命に耳を傾けてくださり、あっという間に2時間が過ぎました。
ある仲間の僧侶が仰った言葉ですが、終着駅ということは始発駅でもあるということです。人生を終えようとやって来た方が、人生の再スタートを切る場所になれば、それは素晴らしいことだと思います。


終了後、奥多摩町特産のシイタケや、福祉会館で売られているパンをお土産にいただき、帰路につきました。
山道を歩いて身体も疲れ、講演で頭も疲れ、夜はバタンキューでした (_ _)Zzz...

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2017年9月の法話 [月々の法語]

願力無窮にましませば 罪業深重もおもからず
The power of the Vow is without limit.
Thus, even our karmic evil, deep and heavy, is not oppressive.

今年の法語カレンダーは、2009年以来8年ぶりに、親鸞聖人の和讃(わさん)が題材になっています。和讃は七五調の和語の歌で、平安時代に流行した「今様(いまよう)」と形式は同じですが、仏・法・僧伽を讃嘆したものが特に「和讃」と呼ばれます。
また、カレンダーでは4行ある和讃の2行が記されていますので、まずは全体像をご紹介します。

願力無窮にましませば 罪業深重も重からず
仏智無辺にましませば 散乱放逸も捨てられず

<ことばの意味>
願力:阿弥陀仏の、衆生を救い摂りたいという願い
無窮:限界が無いこと
罪業深重:凡夫である私たちが非常に罪深い存在であること
仏智:仏さまの智慧
無辺:際限が無いこと
散乱放逸:欲望に常に乱され、ほしいままに振る舞う者

<現代語訳>
阿弥陀仏の本願力は極まりないものであるから、どんなに罪とがが深かろうとも、それを重しとしない。
阿弥陀仏の智慧は際限がないものであるから、我々の心がどんなに乱れ、自分勝手であろうとも、それをお見捨てにならない。

<私のあじわい>
キリスト教と仏教、特に浄土真宗で似ている部分があると言われます。
キリスト教では人間は原罪を背負っていると説き、親鸞聖人は人間を罪悪深重の凡夫であると説きます。

アダムとイブがエデンの園で暮らしていた時、神から食べることを禁じられた知恵の木の実を、蛇にそそのかされて食べてしまう。神との約束を破ったことが「原罪」とされています。

いっぽう親鸞聖人が説いたのは、お釈迦さまの教えがあろうと道徳があろうと法律があろうと、人間には御しがたい煩悩があり、その煩悩によってどんな行いでもし得る存在だと説かれました。
「罪」が神との関係性の中から生まれているのか、自己省察の中から生まれているのか、根本的に異なっている部分もあります。しかし根本的に罪を背負った存在だというのが共通している部分ですね。

さて、真宗ではその「罪悪深重の凡夫」を救うのが阿弥陀仏だと説きます。罪悪深重を反省したり償ったりした者を救うのではなく、罪深いままの私たちをそのまま救い摂ると誓った仏さまです。
だからこそ和讃に書かれているように、阿弥陀仏の願いの力は「無窮」であり「無辺」だと説かれているのです。

9月2日からNHKで『植木等とのぼせもん』というドラマが始まりました。タイトルどおり、植木等さんを主人公としています。

この植木等さん、実はお坊さんになっていたのかもしれません。しかも浄土真宗。
植木さんは名古屋の生まれで、お父さまは真宗大谷派の僧侶でした。「等」という名前には「阿弥陀如来が一切衆生を平等に救う」という意味が込められているそうです。

植木さん、芸能人としての顔は「無責任男」を代名詞とするような喜劇俳優でしたが、実際には非常に真面目な正確だったようです。その真面目な彼にヒット曲となる「スーダラ節」の話がやってきます。

ちょいと一杯のつもりで飲んで いつの間にやらハシゴ酒♫
気がつきゃホームのベンチでゴロ寝 これじゃ身体にいいわきゃないよ♫
分かっちゃいるけどやめられない♫

1番は酒、2番はバクチ、3番は女性で失敗する、情けない男性の姿が描かれています。まさに和讃に書かれる「散乱放逸」の姿です。
植木さんは住職である父に、こんなふざけた歌を歌って良いのだろうかと相談します。
しかし父は、酒にバクチに女、どれも手を出さなければ良いと分かっているのに、どうしてもやめられない。これはまさしく親鸞聖人が説かれた凡夫の歌だ、浄土真宗の歌だ。ぜひ歌え。
そんなことを伝えたようです。

また「スーダラ」という言葉は、お釈迦さまが生まれたインドの身分制度で下層階級とされた「シュードラ」に似ています。泥と埃にまみれて生きるシュードラ。情と欲にまみれて生きる人を歌うスーダラ節。そんな連想もあったかもしれません(実際には「スーダラ」の語源は不明)。

悩み悲しみ苦しみ切なさ。捨てたくても捨て切れない重荷を抱えた私たちを、そのまま救い摂ると誓う仏さまがいる。そう気づいた時、私たちの重荷は重さが変わらぬままに軽くなっていくのではないでしょうか。

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2017住職塾サンガの集いin金沢 [その他色々]

「金沢にとんでもないお坊さんがいる!」
浄土宗の井上広法さんがテレビ番組「カンブリア宮殿」で見た、社会福祉法人 佛子園の理事長 雄谷良成さんが、実は日蓮宗のお坊さんとのこと。
毎年の「未来の住職塾サンガの集い」でどこに学びに行こうかと考えていた時に、素晴らしい情報にめぐり合った。

先方が日蓮宗なので、サンガの日蓮宗僧侶を通じてアプローチしている時、「もうひとり、金沢にとんでもない方がいる」という情報が出てきた。
テレビドラマ「ナポレオンの村」のモデルになった人物、あるいは『ローマ法王に米を食べさせた男』の人物といえば、ピンとくる方もいるかもしれない。スーパー公務員と呼ばれるその方も、奇しくも日蓮宗僧侶だった。

非常にお忙しい2人の予定を何とか抑えることに成功。来年からの「集い」が危ぶまれるほどの豪華講師陣となった。


1日目
僧侶は予定が読みにくいので、通常はこうした行事の直前に申し込む場合が多いが、今回の「集い」では早い段階で申し込み枠が埋まった。万難を排して集まってくれた30名の僧侶たちは、金沢駅から講演会場件宿泊場所の湯涌温泉に向かう。

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旅館なので和室での講義。

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眼光鋭い高野誠鮮師。
過疎の村を再生させることに「本気」で取り組み、獅子奮迅の働きを続け、ついには村の米をローマ法王に献上し、全国から注文が殺到するブランド米を確立した。
表面から見れば「ブランド戦略が成功した」という点に注目が集まるが、実際の講演ではそこに至るまでの「戦い」と呼べる日々が語られた。
「自分は理念を実践しているだけ」
「成功するまで続ければ、失敗は無い」
気迫を込めて仰る高野師は、不動明王の化身のようであった。


2日目
臨済宗僧侶で、宗派を超えて世界で活躍した鈴木大拙の記念館に立ち寄る。
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普通、記念館というと展示物が並べられ説明書きが並べられるが、この館にはそれが無い。
シンプルさを追求し、見て感じるということに重きを置いているようで、禅が形になって現れたような施設だった。
http://www.kanazawa-museum.jp/daisetz/


そして午後、社会福祉法人 佛子園に到着。
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雄谷師の活動をひと言で表現するのは難しいが、あえてひと言にすると「ごちゃまぜ」。
http://www.bussien.com/index.html#/

たとえば、子ども、高齢者、障害者、認知症……そういった方たちを扱うとなると、一般にはそれぞれの専門の施設で、ということになる。しかし雄谷師は様々な境遇にある方たちが、同じ空間で関わり合うという場を作り上げている。

本部である佛子園は、まさに「ごちゃまぜ」の施設。
中心にお寺があり、地域の方が使えるスペース、和食レストラン、温泉、保育施設、スポーツクラブなどが敷地内に収まっている。

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温泉はもちろん有料だが、地域の方は無料で利用できる。
だから近所の人は自分の家のようにやってきて、人々と交流を楽しむ。

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オープンスペースのオフィスは、もちろん施設の職員が働いてもいるが、近所の人がお弁当を持ってきて食べたり、学生が勉強しに来たりと使い方は自由。
コーヒーマシンがあり、近所の方はマイカップを置いて一杯を楽しむ。自分のカップがあることで、やはり自分の家のように落ち着ける場になっている。

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これらを体現した雄谷良成師。
優しく穏やかな語り口は、前日の高野師とは対照的で、慈悲の菩薩のようであった。

「ごちゃまぜ」が心地よい。それを体感する出来事があった。
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館内のレストランでコーヒーを飲んでいたら、1人の青年がフラリと近づいてきた。その青年が、私のコーヒーについているミルクを手に取る。そしてそれを開け、私のコーヒーに入れてくれた。

内心驚きながらも「有り難う」と言うと、青年はおもむろに私のコーヒーをひと口飲み、フラリと去っていった。呆気にとられてしまった。
後で聞くと障害をお持ちの方とのことだが、起こった出来事が嫌じゃない。もちろん街中のカフェで同じことが起こったら怒ってしまうかもしれないが、佛子園では心がオープンになり、少々の出来事は受け入れられてしまう。

雄谷師がつくる「ごちゃまぜ」の施設は、この大らかさこそが最大の特徴なのかもしれない。施設が出来た過疎地は、「なんだか居心地がいい」と人口が増加に転じた。それを感じさせてくれた青年に感謝しつつ、金沢を後にした。

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2017年9月号 [和庵だより]

◇ お客さまfromポーランド ◇

 ある暑い夏の日、波蘭土(ポーランド)からお客さまがやってきました。
とは言っても急にいらしたわけではなく、知人の紹介です。日本の寺院について調べている方で、特に宗教離れで寺院が減少する時代に、新しくお寺を興す活動について調べているとのこと。なごみ庵は適任ですので、私と坊守、それぞれお話しをさせていただくことになりました。

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 当日やってきた方は、見た目は「欧米の女性!」という感じですが、とても日本語が堪能で、特に仏教用語に精通しており、最初は「この言葉は分かるかな…」と探り探り話していましたが、何を言っても通じますので、安心して話すことができました。
 こうしたインタビューを受けるのは、相手のためだけではありません。特に雑誌や新聞ではなく、学術調査のインタビューの場合、疑問に思ったことを深く追求してきます。それは転じて、私がなぜ僧侶として生きているのか、なぜお寺を興そうとしているのか、自分は仏教のどこに魅力を感じているのか、などなど自分を見つめ直す機会にもなります。
 また、最近ヨーロッパでの公教育で宗教はどう扱われているのか非常に興味を持っていましたので、私からの逆インタビューもしました。
 日本では総じて「宗教には触れない」という姿勢ですが、欧米(国にもよりますが)の学校は宗教について教える義務があり、生徒は学ぶ自由・学ばない自由があるそうで、日本も見習うべきだと感じました。


△ お 知 ら せ △

◎秋のお彼岸法要について

先月お知らせの通り、9月24日10時30分から、秋のお彼岸法要をお勤めいたします。
法名読み上げご希望の方は、今月号同封の法名用紙に故人さまのお名前や法名をご記入頂き、当日お持ちいただくか、事前にFAXなどでお送りください。尊前にお供えし、お名前を奉読させていただきます。

恒例の絵本はノスタルジックな作品『つみきのいえ』です。
映画版はアカデミー賞の短編アニメ賞を受賞した初の邦画で、その作品がそのまま絵本になったものです。子どもだけでなく大人も楽しめ、心にジンと来る不思議な絵本を坊守が朗読し、その内容について住職が法話をさせていただきます。

◎毎日新聞(ほぼ)全国版掲載!
8月22日(火)の毎日新聞、関西と四国を除く全国版に、住職の活動が掲載されました。
もし購読していて残っていましたら、お目通しいただければ幸いです。

◎死の体験旅行
 9月25日(月) 豊島区 金剛院

◎自死ご遺族分かち合い
 9月28日(木)10時30分 築地本願寺

◎神之木地区センター写経会
 毎月第1・3(火)18時30分(変更の場合あり)

◎神之木地区センター笑いヨガ
 9月11日(月)・10月2日(月)いずれも10時30分

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恵信尼ものがたりin飛騨高山 [恵信尼ものがたり]

久々の「おてらしばい」
なんと9月で今年の初舞台でした!

今回お伺いしたのは、飛騨高山の真宗大谷派 宝蓮寺さま。
5年ほど前に大谷派の高山別院で「恵信尼ものがたり」を公演させて頂いたのですが、ご住職がそれをご覧になって、なにか行事の際に招きたいとご記憶いただいていたとのこと。
ご覧になった上で、しかも年数も経つのに覚えていて下さって、とても有り難いことです。

今回のご縁は、同年10月に行われる親鸞聖人750回大遠忌のお待ち受け法要。
しかもタイミングが重なり、現住職から次の住職への継職法要も兼ねているとのこと。
ご遠忌は50年に1度、住職継職も数十年に1度です。そんな貴重な機会にお招き頂けたというのは、本当に有り難いことです。

詳細は……坊守のブログをご覧ください!(笑)
http://kanako3.blog.so-net.ne.jp/2017-09-04-1

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境内には親鸞聖人の銅像と、妻 恵信尼さま、末娘 覚信尼さまの銅像が建っています。

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8月31日 Eテレ ハートネットTV [その他色々]

8月も末になりました。
だんだん時間が過ぎるのが早くなって嫌になってしまいますが、子どもたちにとって8月31日は大人と違った特別な意味があります。

それは、夏休み最後の日です(地域や学校によって違いはありますが)。
友だちに会うのが楽しみ! という子もいるでしょう。
まだ宿題が終わってないっ! と慌てている子もいるでしょう。

しかし少なからぬ子たちが「またあそこに行かなくてはならないのか…」と暗い気持ちを抱えています。
学校でいじめられていたり、嫌な思いを重ねていたりする子たちは絶望感を感じているかも知れません。
統計でも、18歳以下の自死者は8月後半から増え始め、9月1日は年間を通じ突出して多くなります。

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なんとか若者の自死を止めなければ、という思いからでしょうか。NHKのEテレで8月31日の20時からと22時からの二部構成で、『ハートネットTV』という番組が放送されます。
テーマは「8月31日の夜に」「生きるためのテレビ」となっています。

自死をするのは、「なんか様子がおかしい」「暗い表情をしている」という方ばかりではありません。むしろ「いつもと変わりなかった」「明るく過ごしていた」と周りが感じている方が実行する場合もあります。

番組内では、私も会員として活動している「自死・自殺に向き合う僧侶の会」の紹介も少しあるようですが、会の情報でもテレビの情報でも何でもいいです。少しでも多くの、この情報を必要としている方に伝わって欲しいと念じています。

ハートネットTV
http://www.nhk.or.jp/heart-net/index.html

番組特設ページ
http://www.nhk.or.jp/heart-net/831yoru/

自死・自殺に向き合う僧侶の会
http://www.bouzsanga.org


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毎日新聞(ほぼ)全国版掲載 [死の体験旅行]

ワークショップ「死の体験旅行」、今回は毎日新聞さんに掲載して頂きました。

はじめは「全国版掲載の予定です」とのことでしたが、日が近づいてくると「すみません、関西と四国を除く全国掲載になりました」と連絡が。
なんだか不思議なエリア設定です。

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それはともかく8月22日朝、近くのコンビニに行って新聞をゲット。
事前に記事の確認はさせて頂いていましたが、やはり現物を見ると嬉しいです。

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メールやFacebookで「見たよ」と連絡がありましたが、面白かったのは大分県のご住職がアップした写真で記事が白黒ページだったこと(さすが真言宗のご住職、さり気なく他ページの「こども高野山夏季大学」も写しこんでいます (^_^;)  )。

私が買ったものはカラーでしたので、同じ記事でも地域によって色の扱いが違うんですね〜 (。・・。) 

記事詳細は以下リンクをご覧ください。
https://mainichi.jp/articles/20170822/ddm/013/100/013000c

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東工大で宗教のおはなし [その他色々]

東京工業大学で理系の話ではなく宗教の話が聴ける、しかもこのメンバー!
ということで、お盆最終日にもかかわらず都合をつけて行って参りました。

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主催の「リベラルアーツ研究教育院」というのは「教養教育」を指すそうで、専門分野だけを磨くのではなく、社会に出た時に様々な知識や教養を得た人物になってほしい、という思いから始まったのだそうです。

さて当日は、真夏とは言え涼しいほどの気温、そして雨。
たまたま開場時間より早めに到着すると、すでに来場者を会場に入れており、しかも8割ほどの席が埋まっています!

その後も定員を遥かに超える人が押し寄せ、同じ棟の別の部屋を次々に解放していきます。最終的には当初250名の会場に800名の人がいらっしゃり、結局第4会場まで作ったようでした。
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さて、肝心の中身ですが、各先生それぞれ深く広い知識がありますので、とてもここには書き切れません。それでも印象に残り、シンポに通底するテーマとなったのは『20世紀末から日本は「生きづらさ」を強く感じる国になった』という話でした。

戦時中や貧しい時代では、人は必死に生きようとする。必死に生きようとすれば、生きていることに生き甲斐や喜びも感じるし、理想を持つことも出来る。しかし平和になった今の日本で、人々は空しさを感じながら生き、人生に意味を感じず、死や破壊に近づくことでなんとか生きているのではないか。


4カ国の高校生に行った自己肯定感のアンケート結果には、非常に驚かされました。様々な項目があるのですが、日本は軒並み低いのです。
日本<<<韓国<中国<アメリカ
というイメージです。
これでは「生きづらさ」を感じるのも当たり前だと思いますが、自殺大国の日本よりも自殺率が高い韓国が、意外にも自己肯定感が低くないのは不思議でした。


また、IS(イスラミック・ステート)の話も頻出しました。
日本でも数年前、北海道大学の学生がISに参加しようとしましたが、欧米の国でも同様のことが起きているそうです。彼らは別に熱心なムスリムというわけでもなく、アッラーの教えを広めたいと思っている訳でもなく、求めているのは死や破壊です。死や破壊を感じることで、生きる実感を持ちたいのではないか、ということでした。

生きづらさを感じる若者は、以前は学生運動や過激派に身を投じました。
その後は新宗教ブームに乗って、オウムを代表とするカルトに走る若者が多くいました。
今はボランティア活動に取り組む方も多いようです。ボランティア活動ならば一見良いことをしているようですが、入れ込み過ぎ、打ち込み過ぎになっている状態は、まるでカルト教団のようだという意見もありました。


パネリスト4人中、2人(池上彰さん・上田紀行さん)がダライ・ラマ法王との対談集を出版していることもあってか、法王の話題もよく出ました。

私が僧侶なので余計に強く感じたのかもしれませんが、「生きづらさ」というキーワードに対するには、ダライ・ラマ法王が実践する慈悲の教えや輪廻の信仰が鍵となるのではないか、ということでした。

つまり、現実の社会に生き甲斐や希望を見出せなくても、宗教的な世界にそれを持つことは心の平安に繋がるのではないか。
また「自分・今」という狭く短いスパンだけで物事を見るのではなく、縁起の教えによって広く、輪廻の教えによって自分の人生を超えた視点で観られるのではないか、という意見でした。


なにしろ3時間もあったので、他にも色々な話がありましたが、私が印象深く覚えているのは上記の通りです。今後このメンバーで非公開形式の対談を2回重ね、来年には出版される予定だそうですので、詳しい内容を知りたい方はそちらをお待ちください。

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グリーフケア(喪失悲歎) [HPメニュー]

「グリーフ(grief)」とは「深い悲しみ」と訳される言葉です。

「喪失悲歎」とも呼ばれ、主に死別の悲しみを指す言葉になっていますが、必ずしも死別だけとは限らず、生別も含まれますし、大切な物品を失った悲しみも含まれます。
人気ドラマが最終回を迎えた際、「(ドラマ名や登場人物名)ロス」という言葉も耳にするようになりましたが、これも広義のグリーフといえます。

グリーフは様々な表れ方をします。
悲しくて涙を流すという表れ方は分かりやすいですが、怒りや不安や罪悪感、無感情になるという表れ方もあります。また、身体や行動に変化が表れる場合もあります。

どれもその人にとって、自然で必要なことです。でも周囲の理解が充分でないため、本人や周囲が傷つく場合もあります。
例えば家族を失い嘆き悲しんでいる人に「あまり悲しんでいると、亡くなった〜〜さんも成仏できないよ」などという言葉によって、悲しいのに悲しめなくなります。
例えば子を失った夫婦で、夫は仕事に打ち込んで考えない時間を持とうとし、妻は涙を流し続けていると、ふたりとも同じ悲しみを共有しているのに理解しあえなくなります。

そして「グリーフ・ケア」は、そのグリーフをケアすることです。
ケア(care)は外来語ですが、ずいぶんと日本になじんでいる言葉です。あえて日本語で表現すると「気づかう」「世話をする」「介護をする」「手当て」など多くの意味を含んでいます。
葬儀や法事などの仏事も「故人のための儀式を行う」ことを通じて、グリーフケアの役割を担っていると言われています。
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以下に「一般社団法人リブオン」が提唱する「大切な人をなくした人のための権利条約」を書き記します。
ご自身や周囲の方に悲しい出来事があった時、思い出して頂いたり、そっとお伝え頂ければ幸いです。

大切な人をなくした人のための権利条約

第1条 悲しんでもいい 落ち込んでもいい
「がんばらないと」「心配かけてはいけない」と気丈にふるまっているかもしれません。
でも時に自分の心の奥にある声に耳を傾けてみてください。悲しい時は悲しみ、落ちこむことがあるのも自然なことです。

第2条 自分を許してもいい
「わたしが悪かったんだ」と自分を責めてどうしようもない時。「どうにもできないことがあったんだ」ということを認めてもよいのです。
自分を責めるのは、あなたにとって、その人の存在がそれほどまでに大事だった証です。

第3条 考えない、思い出さないときもいい
死を直視しないのもまた自由です。辛いから考えたくない、思い出したくない。そんな時は、今、自分が打ち込めることに力をそそげばよいのです。考えられる時、思い出したい時に、そうすればよいのです。なくなった人はそんなあなたを責めないでしょうから。

第4条 自分を大切に
「みんな大変だから」と思い、我慢することも尊いことです。でも自分がつぶれてしまうほどの我慢はどうでしょうか。大切なのはあなたが、あなたらしく生きてゆけること。自分自身を大切にすることに許しを与えてもよいのです。

第5条 助けてもらうこと
「お互いさま」誰もがいつかは大切な人をなくし、苦しい時があります。
だから今、あなたが辛いのなら、支えてもらってよいのです。いつか、誰かにその恩を返したり、送っていけばよいのです。「助けて」は悪いことではありません。

第6条 みんなちがって、それぞれにいい
同じことを前にしても、感じ方はちがいます。人それぞれであるということ。
どちらが重たくて、どちらが軽いということは本当はありません。
ただ「そう感じている」ということが真実なのです。感じるままに、ちがいをちがいのままに。

第7条 自分の人生を歩んでいく
自分の人生を生きること。たのしい時間をもつこと。
時に、なくした人を忘れていること。それはなくした人を置いていくことではありません。
喪失した相手の存在と共に、あなたの人生を歩んでいくことはきっとできます。


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2017年8月号 [和庵だより]

◇ 不思議な花たば ◇

 夏の初めのころ、年配の女性のご葬儀がありました。式場に着くと、ご本尊・遺影・棺…そしてそれらを花の祭壇が取り巻いていました。

 ご葬儀のお花ですからあまり派手な色ではなく、落ち着いた色彩で飾られています。しかし祭壇の手前にポツンと、ヒマワリなどが入った賑やかな花束がおいてあり、明らかに浮いた雰囲気になっています。
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 「なんだろう?」そう思いつつ近づくと、その花たばにはメッセージカードが添えられていて、幼い子の文字で
「おばあちゃん おたんじょうび おめでとう」
そして男の子の名前が書いてありました。

 葬儀社の方に聞くと、その女性は誕生日の前日に亡くなったそうです。
 親族控え室に行くと、五〜六歳の男の子が走り回っていました。私はしゃがんで男の子を手招きし、「おばあちゃんにお花をプレゼントしたの?」と聞くと、少し照れながら「そう!」と答えてくれました。ひいおばあちゃんの誕生日に、花をプレゼントするのを楽しみにしていたそうです。

 やがて葬儀が始まると、男の子は最前列に座っていました。
「○○さんは命を終え、お浄土へと旅立って行ってしまいました。けれどこの世で亡くなった日、おばあちゃんは仏さまの世界で、仏さまとして生まれました。だから今日は悲しくて寂しいけれど、おばあちゃんが皆さんを見守ってくれる仏さまになった誕生日でもあります」

 どこまで理解してくれたか分かりませんが、彼はじっと話を聞いていてくれました。おばあちゃんは仏さまとなって、さっそく家族を、とりわけひ孫である彼のこころを育ててくださっているようでした。


△ お 知 ら せ △

◎「イキイキ長いきの会」「笑いヨガ」復活!
坊守のお芝居の地方公演が続き、お休みが多かった「イキイキ長いきの会」と「笑いヨガ」ですが、8月から復活いたします! 楽しみにお待ち頂いていた皆さま、どうぞ一緒に声を出し、笑い、身体を動かしましょう。

◎お盆の法要について
なごみ庵で8月のお盆法要をお勤めいたします。法名読み上げご希望の方は、6月号同封の法名用紙にご記入の上、郵送または当日ご持参ください。
また、ご自宅や霊園などでのお参りをご希望の方は、早めにお寺までご連絡ください。
・8月のお盆法要 13日(日)10時30分〜

◎秋のお彼岸法要について
別紙の通り、9月24日10時30分から、秋のお彼岸法要をお勤めいたします。
恒例の絵本はノスタルジックな作品「つみきのいえ」です。
子どもだけでなく、大人も楽しめ心にジンと来る、不思議な絵本を坊守が朗読いたします。
91kdAdVpPrL.jpg

◎死の体験旅行 8月23日(水) 豊島区 金剛院

◎自死ご遺族分かち合い 8月24日(木)10時30分 築地本願寺

◎神之木地区センター写経会 毎月第1・3(火)18時30分(変更の場合あり)

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