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2016年11月の法語 [月々の法語]

今年の真宗教団連合カレンダーは、正信偈を意訳した『和訳 正信偈』から部分的に題材が取られています。
ですのでカレンダーの言葉だけを取り扱うと、正信偈をコマギレでお話することになってしまいますので、今年は正信偈を通してお話させて頂こうと思います。

正信偈は7文字で1行で、全体で120行の構成になっています。
12月は報恩講法要になり、通常の法話会はお休みです。
ですので最終回となる11月は、以下の12行をお話させて頂きました。

本師源空明仏教 憐愍善悪凡夫人 真宗教証興片州 選択本願弘悪世
還来生死輪転家 決以疑情為所止 速入寂静無為楽 必以信心為能入
弘経大士宗師等 拯済無辺極濁悪 道俗時衆共同心 唯可信斯高僧説

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さて、正信偈の最終回は、浄土七高僧の第七祖、源空上人(法然上人)です。
法然上人は、浄土真宗の宗祖、親鸞聖人の直接のお師匠さまであり、生涯敬愛し続けた方でもあります。

幼名は勢至丸、現在の岡山県に生を受けました。
父親は押領使(おうりょうし)の漆間時国。「おうりょう」なんて言うと会社のお金を使い込む人かと思ってしまいますが、それは「横領」。押領使は、現在で言う地方警察署の署長さんのような立場。いわゆる武人でした。

勢至丸が9歳の時、漆間時国は対立関係にあった明石貞明に夜討ちをかけられ、重傷を負い、やがて死に至ります。今際の際、時国は息子を呼び寄せこう言います。
時国「お前も武家の子、きっと私の仇を討つのだぞ…」

……ではありません。
実際には「お前が仇を討てば、やがて相手の子どもがお前の命を狙うだろう。仇討ちは仇討ちを生み、怨みは怨みを生む。お前は仇討ちなど忘れ、仏門に入って私の菩提を弔ってほしい…」という内容を息子に告げました。

お釈迦さまの言葉に「怨みに報いるに怨みをもってしたならば、ついに怨みの止むことがない。怨みを捨ててこそ止む」という言葉があります。時国は息子を、血で血を洗う修羅道から救ったのです。


さて、やがて仏門に入った勢至丸は、あまりの天才ぶりに比叡山で学ぶこととなります。そしてそこでも異才を放ち、「智慧第一の法然房」と呼ばれる当代随一の学僧として尊敬を集めます。

しかし自分では己のことを「愚痴の法然」と呼び、そんな自分が救われる道は果たしてあるのだろうかと求道し続けます。そこには仏道に入って功徳を積むことなく、戦で命を落とした父親が救われる道を探したいという思い。ひいては全ての人々が平等に救われていく道がないのだろうかと探し求めていたのではないでしょうか。

そして法然上人は中国の善導大師が記した「順彼仏願故(彼の仏の願に順ずるが故に)」という言葉に出逢います。「念仏を称えることは、仏の願いに適ったことなのだ」と感動し、その教えは浄土宗・浄土真宗となって今に受け継がれています。

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