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初パネリスト!? [その他色々]

先日もご紹介した通り、ご縁あって知りあった山本潤さん初の著書『13歳、「私」をなくした私』の出版記念イベントで、トークショーのパネリストを務めさせて頂きました。
山本潤さんHP http://sadv0.blogspot.jp/


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会場は千代田区の「アーツ千代田」。もともとは中学校の建物だそうです。
http://www.3331.jp


山本潤さんは性暴力のサバイバーで、現在はSANE(性暴力被害者支援看護師)として活躍していらっしゃいます。今までも各地で講演をなさっていましたが、それが書籍として形になりました。

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イベントは、まず山本さんの講演が40分。

そのあと、山本さん・担当の編集者・私で鼎談が40分。他のお二人は今まで綿密に打ち合わせを重ねてきていますので、私が一歩 外の立場から司会のような立場で関わります。けれど単に司会をするだけでなく、仏教的な要素も入れて欲しいとのこと。

私も今まで僧侶として、人前でお話しをさせて頂く機会は少なからずありましたが、それはあくまで原稿を用意して1人で話す形です。今回のようなケースは初めてに近いですし、随分と緊張しました(もちろん私の特殊能力「緊張してても落ち着いて見える」が発動しましたが (^_^;)  )。


話の中で山本さんが「以前あることを諦めた」と本当に残念そうに仰いました。
私は「諦めるという言葉はネガティブなものとして捉えられていますが、本来は『あきらか』という意味があります。山本さんはその時、ご自分の状況などを予断などを交えずあきらかに判断し、正しい結論を出したのだと思います」とお伝えしたのですが、少し納得をして頂けたようでした。


鼎談の終了後は立食パーティーです。
今日の主役である山本さんは取材や参加者など多くの方に囲まれていましたが、思いがけず私も色々な方に話しかけて頂きました。
上記の発言などを好意的に受け止めてくれた方が少なくなかったようですが、それは私だけでなく、仏教に対する良いイメージに繋がっていくのだと思います。
そうであれば、不慣れな役を引き受けたのも、意味があったように思います (^人^)

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2017年2月の法語 [月々の法語]

如来すなわち涅槃なり 涅槃を仏性となづけたり
Tathagata is none other than nirvana, and nirvana is called Buddha-nature.

今年の法語カレンダーは、2009年以来8年ぶりに、親鸞聖人の和讃(わさん)が題材になっています。和讃は七五調の和語の歌で、平安時代に流行した「今様(いまよう)」と形式は同じですが、仏・法・僧伽を讃嘆したものが特に「和讃」と呼ばれます。
また、カレンダーでは4行ある和讃の2行が記されていますので、まずは全体像をご紹介します。

如来すなわち涅槃なり 涅槃を仏性となづけたり
凡地にしてはさとられず 安養にいたりて証すべし

<ことばの意味>
如来とは悟りを開いた者や悟りそのものを指し、涅槃は悟りと同義で、仏性は悟りの因を指します。凡地は凡夫地の略で、この娑婆世界のことを指します。

<現代語訳>
如来は涅槃に等しく、涅槃は仏性と名付けられている。
私たち凡夫の世界では悟りを得ることはできず、安養浄土に往生して証を得るものである。


如来は悟りを開いた方、あるいは悟りの本質そのものを指し、涅槃は煩悩の火が吹き消された状態=悟りを指します。また仏性は、悟りを開く因となるものを指します。

前半では「悟り」がメインテーマになっていますが、後半では私たちの世界(娑婆)で悟りを得ることが出来ない、と書かれています。
平安時代や鎌倉時代は、仏教的時代観では「末法」という世代に入ったとされ、正しい修行や悟りの無い時代と考えられていました。それが反映されて「凡地にしてはさとられず」と書かれています。

ではその時代に生きる人々は悟れないのか、救われないのか、ということが問題になった時に現れたのが「浄土の教え」で、後半に説かれている内容です。つまり、この世界を離れて悟りを得やすい世界(浄土)に往き、そこで悟りを開くという考え方です。「安養」は浄土の別名のひとつです。

浄土教が花開いた鎌倉時代は、それだけ人々が苦しんだ時代だということです。天災や戦乱に苦しめられ、老病死に恐れおののくこの世を離れ、安らかな浄土に往きたいと願ったのです。

いえ、それは鎌倉時代だけの話ではなく、現代も根本は変わっていません。現代科学技術も天災の前には力を無くし、戦争やテロの恐怖はじわじわと世界を覆っています。

ここ数十年で寿命は飛躍的に伸びましたが、それがかえって老いる苦しみを増しています。
医学も発達し続けていますが、病気は無くなることはなく、検査技術の発達でかえって病気と診断されることが増えています。
そして「死」はいつの時代も解決できない問題として、私たちの前にそびえ立っています。

科学や医学の発展は、とても有り難いものです。
しかし、人間が抱く根源的な問題は、どうしてもそれでは解決されません。鎌倉時代よりもかえって現代の方が、私たちは宗教や仏教を必要としているのかもしれません。

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良い怒り [その他色々]

なごみ庵によくいらっしゃる、親しくしている方のご主人が亡くなりました。
そのご主人も何度か行事にいらしてくれたのですが、穏やかで暖かい人柄の方でした。

ご家族や親戚に見守られ、聞いていると羨ましい……と言っては叱られるかもしれませんが、そう思えるような最後の日々を過ごし、そしてご往生なさいました。

しかしお通夜や葬儀の時、奥さまは亡きご主人に、しきりに謝っているのです。つらい思いをさせてごめんね、と。お話を伺うと、当然のことながら看病している上で、これをしてはいけない、あれをしなくてはならない、と言わなくてはなりません。それは相手を思っての言葉なのですが、つらい思いをさせてしまったことを悔やんでいるご様子でした。
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火葬が済み、初七日の法要でこんな法話をしました。

以前、チベット仏教のダライ・ラマ法王のお話を聞きました。
とても驚いたのですが、「仏教者も持って良い怒りがある」と仰るのです。

「憎しみから生じる怒りは、悪い怒りである。
しかし、相手のことを気づかっての怒りや、相手の悪行そのものへの怒りは、良い怒りである」と。

奥さまやお子さんが、お父さまのためを思って厳しく接したのは、慈悲から生じたものです。心を鬼にして、自分たちもつらい思いをしながら、厳しく接したのです。

お父さまも、その時は苦しんだかもしれない。
けれど仏さまとなった今は、皆さんに感謝していらっしゃいますよ。

そう、お伝えしました。
奥さまは少しだけ、ホッとした表情になりました。


後日お聞きしたのですが、思いがけないことに他のご親族の心にも響いていたというのです。
家族を看病し、見送った経験のある方は少なくありません。同じように厳しく看病し、それを悔やんでいる方もいらしたのでしょう。その思いが心に残り続けていた時にこの話を聞き、安心して頂けたのだと思います。


もし心に怒りが生じた時、それが相手を思いやる心から生じたものなのか、それとも憎しみから生じたものなのか、冷静に見極めることが大切なのだと思います。
そしてもし憎しみから生じているのであれば、それを解きほぐしていくよう心がけたいと思います。

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2017年2月号 [和庵だより]

◇ 一期一会 ◇

 茶道の言葉として一度は耳にしたことがあるであろう「一期一会」。調べてみると、元は千利休の言葉とされますが、さらに辿ると仏教がルーツの言葉だそうです。
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 「期」には一生という意味があります。ですので一期一会には「一生にただ一度きりのこと」という意味もあります。
 また「このお茶の会は、たとえ同じ参加者が揃ったとしても、全く同じ会話や動作が繰り返されるわけではない、ただ一度きりの機会」という意味もあります。さらに言えば、私たちの毎日すべてが「一期一会」なのではないでしょうか。

 私たちは平凡に繰り返されるように見える毎日を過ごしています。朝、目が覚め、テレビを見たり、家族がいれば会話や食事をしたり、電車やバスに乗ったり、それぞれの「平凡な日々」を過ごしています。
 けれど葬儀に関わる僧侶として、よく耳にすることは「家族が亡くなってから、平凡な日々がどれだけ大切で幸せな時間だったか気づきました」という言葉です。
 また体験学習の「死の体験旅行」で自分の死を仮想体験した方も同じように、「何気なく過ごしている今が、とても大切なのだと気づきました」と仰います。

 仏教では、過去に振り回されたり、未来を思い煩ったりせず「今」を大切にしなさい、と説きます。なかなか難しいことですが、全ての瞬間が一期一会であると思えれば、この「今を大切に」という言葉が胸に迫ってくるのではないでしょうか。


△ お 知 ら せ △

@2月21日(火)11時 ひとり暮らしの会 参加費500円
しばらく前から案を練っていた「ひとり暮らしの会」。おむすびとお味噌汁をご用意しますので、人数確認のためお申し込みをお願いします(19日(日)締め切り)。自己紹介や近況報告をしつつ、お昼のひと時を過ごしましょう。ちなみに、ひとり暮らしでなくても参加OKです(笑)。

@同じく2月21日(火)14時 ゲームで脳トレの会 参加費500円
しばらく前から集めていた将棋や囲碁、トランプや花札などなど、ゲームや会話を楽しみつつ、脳の活性化をいたしましょう!

@2月25日(土)18時 出版記念イベントでのパネリスト 千代田区
元・性暴力被害者の山本潤さんの著書『13歳、「私」をなくした私』の出版記念トークショーでパネリストを務めることになりました。ご関心のある方はお問い合わせください。

@4月2日(日) 三浦霊園 倶生の碑 参拝&バスツアー
毎年恒例、なごみ庵の合同墓「倶生の碑」をお参りし、観光や海の幸の食事も楽しみます。
詳細は次号でお知らせしますが、ぜひ4月2日を空けておいてください!

◎死の体験旅行 2月15日(水)、3月22日(水) 豊島区 金剛院

◎ちくせん・神之木地区センター写経会 毎月第1・3(火)18時30分(変更の場合あり)
      ・神之木地区センター笑いヨガ 2月13日(第2月)10時30分
      ・十日市場地区センター笑いヨガ 2月20日(第3月)・2月27日(第4月)

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『フリースタイルな僧侶たち』掲載! [死の体験旅行]

よく駅などに置いてある無料雑誌をフリーマガジンと言いますが、実は仏教の世界にもそれがあるのです。それが『フリースタイルな僧侶たち』。取材する側もお坊さん、される側もお坊さんで、毎回様々なお寺や僧侶、取り組みなどが紹介されていますが……
ついにっ! 「死の体験旅行」の特集となりました!

編集長は京都在住ながら、2回もワークショップの取材のために遠路はるばるお越し頂きました。その熱意とこだわりには頭が下がります。

そうして苦労をしながら出来上がったのが…
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こちら!

この雑誌では、特集をされる僧侶の写真が大きく表紙を飾ることも多いのですが、今回は「死」という重いテーマのため、イラストになったそうです。本当は私の顔が表紙だと、いろいろ問題だからかもしれません(涙)。

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でも記事内部はもちろん写真付きです(笑)

記事は、写真も多用され、文章そのものも非常にきめ細かく書き込まれています。今まで何度か取材して頂くご縁がありましたが、他の受講者へのインタビューも掲載されており、とても素晴らしい内容に感動いたしました。

雑誌で特集して頂くなんて、一生に一度、一期一会の出来事だと思います。
寺報「なごみ庵だより」をお送りしている皆さまには、同封させて頂きました。いつもより大きな封筒が届きますので、驚かれませんよう (^_^;) 

なごみ庵にも多めに頂いて置いてあります。
また、ネット上でも閲覧できるようですので、以下リンク先へお進みください。

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