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2017年6月の法語 [月々の法語]

弥陀の回向成就して 往相還相ふたつなり
Amida has fulfilled the directing of virtue, which has two aspects: that for our going forth and that for our return.

今年の法語カレンダーは、2009年以来8年ぶりに、親鸞聖人の和讃(わさん)が題材になっています。和讃は七五調の和語の歌で、平安時代に流行した「今様(いまよう)」と形式は同じですが、仏・法・僧伽を讃嘆したものが特に「和讃」と呼ばれます。
また、カレンダーでは4行ある和讃の2行が記されていますので、まずは全体像をご紹介します。

弥陀の回向成就して 往相還相ふたつなり
これらの回向によりてこそ 心行ともに得しむなれ

<ことばの意味>
弥陀:阿弥陀仏のこと
回向:阿弥陀仏から私たちに向けられる働き
往相:私たち凡夫が、浄土に往き仏として生まれること
還相:仏として生まれた私たちが、この世に戻り人々を救い導くこと
心行:信心と念仏

<現代語訳>
阿弥陀仏が私どもに恵まれる働きはすっかり完成していて、浄土に向かわしめる働きと、再びこの世へ帰らしめる働きと、二つである。
これらの本願のお恵みによってこそ、信心も念仏も得させて下さるのである。

<私のあじわい>
突然ですが、亡くなった方はどこにいらっしゃると思いますか?
死んだら無になる、という人もいらっしゃるでしょう。
すぐそばで見守ってくれているという方もいます。 
お星さまになったという方もいます。
天国に行かれたという方もいます。
私の心の中にという方もいます。
空の彼方という方もいます。
草葉の陰という方もいます。
亡き方を思ってお墓で手を合わせる方もいます。
亡き方を思ってお仏壇で手を合わせる方もいます。
遠くにいるような、でも近くにいるような…
果たしてどこにいるのか、誰もハッキリとは分かりません。
誰も確かめることが出来ない以上、人によって曖昧になってしまいます。
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では仏教では、浄土真宗ではどう説いているのでしょうか。
それは遥か西の彼方、十万億の国を越えた西方極楽浄土で、憂い苦しみの無い仏さまとしておわします、と説いています。これが「往相回向」という言葉で表されています。

しかし、遥か西の世界にいらっしゃると同時に、私たちの元に帰り来て、様々な手だてを講じて救い、導いて下さっているとも説いています。これは「還相回向」という言葉で表されています。

亡き方を思い出し、いのちの不思議に感謝する時、様々なご恩に気づく時、「見守っていてね」と勇気を奮い起こす時、いつかきっと会えるねと懐かしむ時、それは自分自身の頭の中だけの出来事ではなく、仏となった亡き方があなたに働きかけているのですよと説くのです。

最近、あちこちで「死生観」や「死生学」という言葉を耳にするようになりました。終活が流行り、私が開催する「死の体験旅行」に多くの人が集まりますが、元気なうちに「死」について考えるのは、健全なことだと私は思っています。

しかし、もう一歩進んで「死後観」も大切ではないかと私は思っています。死生観は様々な分野の方が口にしていますが、死後観は宗教者しか語ることが出来ません。

この世の〝いのち〟を終えた後の世界をどう捉えるのか、どう語るのか。曖昧なイメージを漠然と抱くのではなく、綿々と受け継がれてきた重厚な世界観を持つことが、どれだけ人を勇気づけてくれるだろうかと思います。

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