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2017年6月の法語 [月々の法語]

弥陀の回向成就して 往相還相ふたつなり
Amida has fulfilled the directing of virtue, which has two aspects: that for our going forth and that for our return.

今年の法語カレンダーは、2009年以来8年ぶりに、親鸞聖人の和讃(わさん)が題材になっています。和讃は七五調の和語の歌で、平安時代に流行した「今様(いまよう)」と形式は同じですが、仏・法・僧伽を讃嘆したものが特に「和讃」と呼ばれます。
また、カレンダーでは4行ある和讃の2行が記されていますので、まずは全体像をご紹介します。

弥陀の回向成就して 往相還相ふたつなり
これらの回向によりてこそ 心行ともに得しむなれ

<ことばの意味>
弥陀:阿弥陀仏のこと
回向:阿弥陀仏から私たちに向けられる働き
往相:私たち凡夫が、浄土に往き仏として生まれること
還相:仏として生まれた私たちが、この世に戻り人々を救い導くこと
心行:信心と念仏

<現代語訳>
阿弥陀仏が私どもに恵まれる働きはすっかり完成していて、浄土に向かわしめる働きと、再びこの世へ帰らしめる働きと、二つである。
これらの本願のお恵みによってこそ、信心も念仏も得させて下さるのである。

<私のあじわい>
突然ですが、亡くなった方はどこにいらっしゃると思いますか?
死んだら無になる、という人もいらっしゃるでしょう。
すぐそばで見守ってくれているという方もいます。 
お星さまになったという方もいます。
天国に行かれたという方もいます。
私の心の中にという方もいます。
空の彼方という方もいます。
草葉の陰という方もいます。
亡き方を思ってお墓で手を合わせる方もいます。
亡き方を思ってお仏壇で手を合わせる方もいます。
遠くにいるような、でも近くにいるような…
果たしてどこにいるのか、誰もハッキリとは分かりません。
誰も確かめることが出来ない以上、人によって曖昧になってしまいます。
kojin_omoide.png

では仏教では、浄土真宗ではどう説いているのでしょうか。
それは遥か西の彼方、十万億の国を越えた西方極楽浄土で、憂い苦しみの無い仏さまとしておわします、と説いています。これが「往相回向」という言葉で表されています。

しかし、遥か西の世界にいらっしゃると同時に、私たちの元に帰り来て、様々な手だてを講じて救い、導いて下さっているとも説いています。これは「還相回向」という言葉で表されています。

亡き方を思い出し、いのちの不思議に感謝する時、様々なご恩に気づく時、「見守っていてね」と勇気を奮い起こす時、いつかきっと会えるねと懐かしむ時、それは自分自身の頭の中だけの出来事ではなく、仏となった亡き方があなたに働きかけているのですよと説くのです。

最近、あちこちで「死生観」や「死生学」という言葉を耳にするようになりました。終活が流行り、私が開催する「死の体験旅行」に多くの人が集まりますが、元気なうちに「死」について考えるのは、健全なことだと私は思っています。

しかし、もう一歩進んで「死後観」も大切ではないかと私は思っています。死生観は様々な分野の方が口にしていますが、死後観は宗教者しか語ることが出来ません。

この世の〝いのち〟を終えた後の世界をどう捉えるのか、どう語るのか。曖昧なイメージを漠然と抱くのではなく、綿々と受け継がれてきた重厚な世界観を持つことが、どれだけ人を勇気づけてくれるだろうかと思います。

2017年5月の法語 [月々の法語]

大信心は仏性なり 仏性すなわち如来なり
The great entrusting heart is itself Buddha-nature.
Buddha-nature is none other than Tathagata.


今年の法語カレンダーは、2009年以来8年ぶりに、親鸞聖人の和讃(わさん)が題材になっています。和讃は七五調の和語の歌で、平安時代に流行した「今様(いまよう)」と形式は同じですが、仏・法・僧伽を讃嘆したものが特に「和讃」と呼ばれます。
また、カレンダーでは4行ある和讃の2行が記されていますので、まずは全体像をご紹介します。


信心よろこぶその人を 如来と等しと説きたまふ
大信心は仏性なり 仏性すなわち如来なり


<ことばの意味>
信心:阿弥陀仏より回向されたもの
如来:ほとけ、悟りをひらいた存在
等し:親鸞聖人は「(如来と)等し」と
   「(弥勒に)同じ」という使い分けをされる
仏性:仏のさとりそのものの性質

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<現代語訳>
信心をよろこぶ人を、如来と等しい人であると説く。
大信心は仏になる因子に他ならず、この因子そのものが如来なのである。


<私のあじわい>
先日、横浜市中区の三溪園に初めて行ってきました。存在は知っていたものの、近いせいかなかなか足が向かなかったのですが、何人かの方から「良いところよ」とお聞きし、重い腰を上げました。
http://www.sankeien.or.jp


三溪園は明治元年(慶應4年)生まれの実業家、原三溪によって造られた庭園ですが、まるで自然豊かな地方に旅行に行ったような気分を味わえ、「横浜市内にこんな場所があったのか!」と驚いてしまいました。


庭園も見事なのですが、原三溪が全国各地から移築した歴史的建造物も素晴らしく、国や市の文化財として指定されているものも多くあります。
紀州徳川藩の別邸であった建物や、織田信長の弟 有楽斎が建てた茶室や、白川郷の合掌造りの家など、国の重要文化財に指定されているものが多くあります。


その中に、大きくはありませんが、見事な彫刻が施された建物がありました。ボランティアのガイドさんに案内して頂いたのですが、その方がお堂の扉に彫られた彫刻を指して「何に見えますか?」とクイズを出してきました。


一般の方は「天女?」と答えるのでしょうが、私もそこはお坊さんの端くれ、「迦陵頻伽ですね」と答えたらガイドさんはビックリ! 種明かしに自己紹介をすると、納得をされていました。


さて、この建物、元々は京都の天瑞寺にあったもので、豊臣秀吉が病を患った母親のために建てた寿塔の覆堂です。寿塔とは生前に建てられた個人のお墓で、覆堂はそのお墓をカバーするお堂です。この覆堂が移築されたので、現在はお墓は剥き出しになっています。


なぜこの建物に注目したかというと、この覆堂が天下人であった豊臣秀吉が、母の病気平癒を願い、またおそらく死後も安泰であって欲しいと願って建てたものだという点です。ちなみに秀吉は、母の三回忌には京都の東寺の大塔と、大阪の四天王寺を再建していますが、これも死後の世界での安泰を願ってのものでしょう。


今も昔も、健康で長生きして欲しいという思いは当然あります。そして、死後の問題も決して見過ごすことはできません。仏教の言葉だと「後生の一大事」と言いますし、看取りの医師や看護師が、最期を迎える多くの方が、没後の不安(スピリチュアル・ペイン)に苦しめられると仰っています。


母親のためにこれだけのことをして、秀吉は安心していたのでしょうか。それとも一抹の不安を抱え続けていたのでしょうか。その真意は分かりませんが、これだけのことをできない一般の人々にとって、「後生の一大事」は大きな不安に支配されていたと思います。


しかし親鸞聖人は、阿弥陀如来から信心を賜った者は、次に仏さまになる弥勒菩薩と同じ位にあるのだ、だから仏さまと等しい存在なんだ、と和讃で説かれます。この言葉で大きな安心を得て、多くの方が「後生の一大事」から解放されていったのだと思います。

2017年4月の法語 [月々の法語]

仏の御名をきくひとは ながく不退にかなうなり
Those who hear the Buddha’s Name attain forever the stage of nonretrogression.

今年の法語カレンダーは、2009年以来8年ぶりに、親鸞聖人の和讃(わさん)が題材になっています。和讃は七五調の和語の歌で、平安時代に流行した「今様(いまよう)」と形式は同じですが、仏・法・僧伽を讃嘆したものが特に「和讃」と呼ばれます。
また、カレンダーでは4行ある和讃の2行が記されていますので、まずは全体像をご紹介します。

たとひ大千世界に みてらむ火おも過ぎ行きて
仏の御名をきくひとは ながく不退にかなうなり

<ことばの意味>
大千世界:仏教の世界観で、この世界全体を指す「三千大千世界」の略。
みてらむ火:「満ちる火」の意。
不退:仏教語で、正定聚(信心が定まり、仏に成ることが定まった位)から退かないこと。
かなう:「適合する」、「あてはまる」の意。

<現代語訳>
たとえこの宇宙を猛火が包もうとも、その満ち満ちている火の中をも突き進んで、阿弥陀仏の名号(南無阿弥陀仏)を聞き求める人は、永遠に正定聚の位を退かない地位を約束されるのだ。


<私のあじわい>
今でこそロケットで宇宙から地球を見ることができるようになり、私たちが住んでいる世界はどのような形なのか分かっていますが、昔は世界のあちこちで想像力にあふれた世界観がありました。

古代インド人の世界観は壮大です。まず虚空に3枚重なった円盤状のものが浮かび、周囲に月や太陽が浮かんでいます。円盤は下から風輪、水輪、金輪と言い、「金輪際」という言葉はここから来ています。

金輪はお盆のようになっていて、内側に水が満ちていて、これが海になります。海には中央に大きな島がひとつと、東西南北にもそれぞれ島があり、南に浮かぶ島が自分たち(古代インド人)が住んでいる場所とされていました。

中央の島には天までとどく須弥山がそびえ立っています。おそらく北方にそびえるヒマラヤ山脈がイメージされているのでしょう。ちなみにお寺の本堂で、ご本尊が安置されている壇は、この須弥山になぞらえて須弥壇と呼ばれています。
また、須弥山の上空にも世界があり、最も上を有頂天と呼びます。金輪際といい有頂天といい、私たちが使う言葉には多くの仏教語が含まれています。

さて、これが1世界です。これが1000集まると小千世界。小千世界が1000集まると中千世界、中千世界が1000集まると大千世界で、呼び方としては三千大千世界となります。つまり10億の世界が集まって三千大千世界となるという、途方もない世界観です。

あまりにも想像力たくましい話ですが、以前国立天文台の所長を務めた観山正見さん(浄土真宗寺院のお生まれです)は、偶然ではあろうが、実際の宇宙の構造に似ている、と仰います。

太陽や月を含む1つの世界が、私たちの住む太陽系。その太陽系のような星系が数多く集まって1つの銀河系(小千世界)が形作られます。さらに銀河系が多数集まり銀河団(中千世界)となり、銀河団が多数集まって宇宙全体(三千大千世界)、となるのでしょうか…。果てしなさ過ぎて、頭がクラクラしてきます。

さて、ようやく話が和讃に戻りますが、その宇宙全体とも言える三千大千世界がたとえ火に覆い尽くされたとしても、その炎に屈せず阿弥陀仏の名を聞き求める人は、仏さまに成ることが間違いない位(正定聚)に至る、と説かれています。

「炎に屈せず」とは、かなり勇ましい内容の和讃ですが、それでも私たちに必要なことは阿弥陀仏の名を称え聞くことです。なによりお念仏を大事にして欲しいという親鸞聖人のお気持ちが伝わってくるような気がします。

2017年3月の法語 [月々の法語]

一念慶喜するひとは 往生かならず さだまりぬ
People who attain the one thought-moment of joy, their birth becomes completely settled.

今年の法語カレンダーは、2009年以来8年ぶりに、親鸞聖人の和讃(わさん)が題材になっています。和讃は七五調の和語の歌で、平安時代に流行した「今様(いまよう)」と形式は同じですが、仏・法・僧伽を讃嘆したものが特に「和讃」と呼ばれます。
また、カレンダーでは4行ある和讃の2行が記されていますので、まずは全体像をご紹介します。

若不生者の誓いゆえ 信楽まことに時至り
一念慶喜するひとは 往生かならず さだまりぬ

<ことばの意味>
「若不生者の誓い」とは阿弥陀如来の四十八願 第十八願にある「若不生者 不取正覚(もし浄土に生まれることを望んで、それが果たされない者がいれば、私は悟りに至ることはない)」という部分を指します。
「信楽」は、その阿弥陀仏の誓いを深く信じて疑わないこと。
「一念慶喜」は、阿弥陀仏を信じる心が起こり、喜びが湧き上がることです。
「往生」は浄土に往って、仏として生まれることです。

<現代語訳>
迷える人を救い得なければ、我も仏にならないとの阿弥陀仏の誓願の故に、ようやく信心の開ける時がめぐり来て、信じ得た喜びにひたる人は、浄土への往生が誤りなく決定している。


今月の法話会は、東日本大震災の七回忌法要を合わせてお勤めすることになりました。言うまでもなく多くの犠牲者が出て、いまだに2500人以上の方が行方不明という大災害でした。
非業の死を遂げたり、遺体すら見つからない場合、関係者や遺族は「亡き人は苦しんでいるのではないか、さ迷っているのではないか、成仏できないのではないか」という思いを抱く場合があると思います。東北の大学の学生が書いた「被災地の幽霊」という論文も注目を集めましたが、仏教ではどう説いているのでしょうか。


阿弥陀如来の誓いのうち、最も大切な第十八願には「私(法蔵菩薩=阿弥陀仏の前身)が仏になる条件が整った時、人々が私の国(極楽浄土)に生まれたいと願って私の名を呼び、もしそれが果たされないならば、私は仏に成ることはない」と書かれています。

「名を呼び」というのは「南無阿弥陀仏」とお念仏を称えるという行為を指します。つまり、難しい修行などが出来なくても、お念仏を称えた者を必ず救うと阿弥陀仏が誓われているのです。

となると、「亡くなった方は仏教徒というわけではなく、念仏を称えたこともないだろうから、成仏できていないのだろうか」と疑問に思うかもしれません。
しかし私はそうは思いません。「全ての生けとし生ける者を救いたい」と願った阿弥陀仏が、永遠にも近い時をかけて熟慮し修行なさった成果が、お念仏の有無で左右されるでしょうか。私はお念仏は絶対的に必要な条件という訳ではないと思っています。生命を全うし、安らかな世界に旅立ちたいという根源的な思いを、阿弥陀さまは汲み取って下さるのではないでしょうか。

であれば、仏教やお念仏にご縁が無いまま亡くなった方々も、苦しんだりさ迷ったりしているのではなく、ちゃんと成仏なさっていると私は受け止めています。

仏教では「逮夜(たいや)」という考え方があります。ご命日の前夜を意味する言葉ですが、命日と同等以上に重んじられ、逮夜に法要をする場合も多かったようです。今日の法話会は、東日本大震災の逮夜、3月10日にあたります。多くの犠牲者を偲びつつ過ごす一日にしたいと思います。

2017年2月の法語 [月々の法語]

如来すなわち涅槃なり 涅槃を仏性となづけたり
Tathagata is none other than nirvana, and nirvana is called Buddha-nature.

今年の法語カレンダーは、2009年以来8年ぶりに、親鸞聖人の和讃(わさん)が題材になっています。和讃は七五調の和語の歌で、平安時代に流行した「今様(いまよう)」と形式は同じですが、仏・法・僧伽を讃嘆したものが特に「和讃」と呼ばれます。
また、カレンダーでは4行ある和讃の2行が記されていますので、まずは全体像をご紹介します。

如来すなわち涅槃なり 涅槃を仏性となづけたり
凡地にしてはさとられず 安養にいたりて証すべし

<ことばの意味>
如来とは悟りを開いた者や悟りそのものを指し、涅槃は悟りと同義で、仏性は悟りの因を指します。凡地は凡夫地の略で、この娑婆世界のことを指します。

<現代語訳>
如来は涅槃に等しく、涅槃は仏性と名付けられている。
私たち凡夫の世界では悟りを得ることはできず、安養浄土に往生して証を得るものである。


如来は悟りを開いた方、あるいは悟りの本質そのものを指し、涅槃は煩悩の火が吹き消された状態=悟りを指します。また仏性は、悟りを開く因となるものを指します。

前半では「悟り」がメインテーマになっていますが、後半では私たちの世界(娑婆)で悟りを得ることが出来ない、と書かれています。
平安時代や鎌倉時代は、仏教的時代観では「末法」という世代に入ったとされ、正しい修行や悟りの無い時代と考えられていました。それが反映されて「凡地にしてはさとられず」と書かれています。

ではその時代に生きる人々は悟れないのか、救われないのか、ということが問題になった時に現れたのが「浄土の教え」で、後半に説かれている内容です。つまり、この世界を離れて悟りを得やすい世界(浄土)に往き、そこで悟りを開くという考え方です。「安養」は浄土の別名のひとつです。

浄土教が花開いた鎌倉時代は、それだけ人々が苦しんだ時代だということです。天災や戦乱に苦しめられ、老病死に恐れおののくこの世を離れ、安らかな浄土に往きたいと願ったのです。

いえ、それは鎌倉時代だけの話ではなく、現代も根本は変わっていません。現代科学技術も天災の前には力を無くし、戦争やテロの恐怖はじわじわと世界を覆っています。

ここ数十年で寿命は飛躍的に伸びましたが、それがかえって老いる苦しみを増しています。
医学も発達し続けていますが、病気は無くなることはなく、検査技術の発達でかえって病気と診断されることが増えています。
そして「死」はいつの時代も解決できない問題として、私たちの前にそびえ立っています。

科学や医学の発展は、とても有り難いものです。
しかし、人間が抱く根源的な問題は、どうしてもそれでは解決されません。鎌倉時代よりもかえって現代の方が、私たちは宗教や仏教を必要としているのかもしれません。

2017年1月の法語 [月々の法語]

無明の闇を破するゆえ 智慧光仏となづけたり
The light dispels the darkness of ignorance.
Thus, Amida is called “Buddha of the Light of Wisdom.”

今年の法語カレンダーは、2009年以来8年ぶりに、親鸞聖人の和讃が題材になっています。和讃は七五調の和語の歌で、平安時代に流行した今様と形式は同じですが、仏・法・僧伽を讃嘆したものが特に「和讃」と呼ばれます。
また、カレンダーでは4行ある和讃の2行が記されていますので、まずは全体像をご紹介します。

無明の闇を破するゆえ 智慧光仏となづけたり
一切諸仏三乗衆 ともに嘆誉したまへり

「一切諸仏」は文字通り、一切の仏さまという意味ですが、続く「三乗衆」が見慣れない言葉です。「三乗」とは、仏道を歩むものが声聞・縁覚・菩薩の三種あり、それを指す言葉です。「衆」が付きますので、「仏道を歩む諸々の人々」という意味になります。

また「嘆誉」という言葉があり、親鸞聖人はここに「ほめ・ほむ」という左訓を付けています。「嘆」は「なげく」と読みますが「感嘆」という言葉もあり、感心するという意味もあります。

以上を踏まえて、現代語訳は以下の通りです。
迷いの闇を照らし破るので、(阿弥陀仏は)智慧の光の仏と名付けられる。
一切の仏さまや仏道を歩む者が、共にその光をほめたたえる。


さて、阿弥陀仏を誉めたたえると言っても、「ハンサムですね」「超やさしいですね」「耳たぶ大きいですね」などという言葉をかけるということではなく、やはりお念仏がそれにあたります。2014年9月の法語カレンダーは「お念仏は讃嘆であり、懺悔である」という金子大榮さんの言葉でしたが、お念仏には阿弥陀さまを讃える意味も含まれています(それだけではありませんが)。
ですので私は葬儀や法事などの時、参列の方になるべくお念仏を口に出して頂こうと、あの手この手を駆使するようにしています。

先日、ある女性の葬儀がありました。その方はコーラスをしており、通夜葬儀にはその友人たちが大勢いらして、別れを悲しんでいました。

出棺の時にはその方々が、『今日の日はさようなら』を歌うことになっていました。この歌は森山良子さんの1966年の曲で、若者の友情を育む歌として作られました。でも友情は、若者だけの特権ではありません。「今日の日はさようなら♪」「また会う日まで♪」という歌詞は、葬儀の場にもふさわしいものだと思います。
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浄土真宗でお勤めする『仏説阿弥陀経』には「倶会一処」という言葉がありますが、これは「一つの場所(お浄土)で必ず再会しましょうね」という意味の言葉です。ですのでこの歌は、仏教的な意味も含むものだと感じました。

そういったご法話をさせて頂いたのが通じたのでしょうか。
「それでは皆さん、ご一緒にお念仏を…」と呼びかけたところ、参列の方々がしっかりとお念仏を称えて下さいました。

2016年11月の法語 [月々の法語]

今年の真宗教団連合カレンダーは、正信偈を意訳した『和訳 正信偈』から部分的に題材が取られています。
ですのでカレンダーの言葉だけを取り扱うと、正信偈をコマギレでお話することになってしまいますので、今年は正信偈を通してお話させて頂こうと思います。

正信偈は7文字で1行で、全体で120行の構成になっています。
12月は報恩講法要になり、通常の法話会はお休みです。
ですので最終回となる11月は、以下の12行をお話させて頂きました。

本師源空明仏教 憐愍善悪凡夫人 真宗教証興片州 選択本願弘悪世
還来生死輪転家 決以疑情為所止 速入寂静無為楽 必以信心為能入
弘経大士宗師等 拯済無辺極濁悪 道俗時衆共同心 唯可信斯高僧説

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さて、正信偈の最終回は、浄土七高僧の第七祖、源空上人(法然上人)です。
法然上人は、浄土真宗の宗祖、親鸞聖人の直接のお師匠さまであり、生涯敬愛し続けた方でもあります。

幼名は勢至丸、現在の岡山県に生を受けました。
父親は押領使(おうりょうし)の漆間時国。「おうりょう」なんて言うと会社のお金を使い込む人かと思ってしまいますが、それは「横領」。押領使は、現在で言う地方警察署の署長さんのような立場。いわゆる武人でした。

勢至丸が9歳の時、漆間時国は対立関係にあった明石貞明に夜討ちをかけられ、重傷を負い、やがて死に至ります。今際の際、時国は息子を呼び寄せこう言います。
時国「お前も武家の子、きっと私の仇を討つのだぞ…」

……ではありません。
実際には「お前が仇を討てば、やがて相手の子どもがお前の命を狙うだろう。仇討ちは仇討ちを生み、怨みは怨みを生む。お前は仇討ちなど忘れ、仏門に入って私の菩提を弔ってほしい…」という内容を息子に告げました。

お釈迦さまの言葉に「怨みに報いるに怨みをもってしたならば、ついに怨みの止むことがない。怨みを捨ててこそ止む」という言葉があります。時国は息子を、血で血を洗う修羅道から救ったのです。


さて、やがて仏門に入った勢至丸は、あまりの天才ぶりに比叡山で学ぶこととなります。そしてそこでも異才を放ち、「智慧第一の法然房」と呼ばれる当代随一の学僧として尊敬を集めます。

しかし自分では己のことを「愚痴の法然」と呼び、そんな自分が救われる道は果たしてあるのだろうかと求道し続けます。そこには仏道に入って功徳を積むことなく、戦で命を落とした父親が救われる道を探したいという思い。ひいては全ての人々が平等に救われていく道がないのだろうかと探し求めていたのではないでしょうか。

そして法然上人は中国の善導大師が記した「順彼仏願故(彼の仏の願に順ずるが故に)」という言葉に出逢います。「念仏を称えることは、仏の願いに適ったことなのだ」と感動し、その教えは浄土宗・浄土真宗となって今に受け継がれています。

2016年10月の法語 [月々の法語]

今年の真宗教団連合カレンダーは、正信偈を意訳した『和訳 正信偈』から部分的に題材が取られています。
ですのでカレンダーの言葉だけを取り扱うと、正信偈をコマギレでお話することになってしまいますので、今年は正信偈を通してお話させて頂こうと思います。

正信偈は7文字で1行で、全体で120行の構成になっています。
10月は以下の8行をお話させて頂きました。

源信広開一代教 偏帰安養勧一切 専雑執心判浅深 報化二土正弁立
極重悪人唯称仏 我亦在彼摂取中 煩悩障眼雖不見 大悲無倦常照我

インド、中国と進んできた浄土七高僧も、今月から日本の僧侶になります。
第六祖は源信和尚(げんしん かしょう)。

源信和尚は現在の奈良県に生まれ、幼少期から非凡さを発揮し、9歳から比叡山で仏教を学ぶことになります。そしてなんと数え年の15歳、現在の年齢にすると満14歳で天皇の前で仏教を講義するという大役を仰せつかります。

14歳というと今は中学2年生ぐらいですから、どれだけの天才であったかが伺い知れます。また14歳というと、水泳の岩崎恭子さんが金メダルととったのが同じく14歳。「今まで生きてきた中で一番幸せです」という言葉が印象的ですが、若き源信和尚も同じような嬉しい、晴れがましい気持ちになったことでしょう。

天皇から金メダル……じゃなくて褒美の品を頂いた源信和尚は、故郷の母にそれをおくりますが、しばらくすると手紙が添えられた品々がそっくり戻ってきます。その手紙には…

後の世を 渡す橋とぞ 思ひしに 世渡る僧と なるぞ悲しき
まことの求道者となり給へ

この手紙を見て、源信和尚は大きなショックを受けます。
為政者に認められ、褒美の品をもらい、天にも上るような気持ちであったところを、母から冷や水を浴びせられ本来の目的を思いだしたのです。

それからは栄華栄達をきっぱり捨て、比叡山の横川という場所で隠遁生活を送り、ひたすら仏道修行に明け暮れます。そして壮年となった源信和尚は、数十年ぶりに故郷を目指します。待っていたのは、死を目前にした母でした。その母に息子は、今まで学んできた仏道を伝え、母は安堵の中、息を引き取っていきました。

もちろん源信和尚の才能は高いものでしたが、母の厳しい愛情があって、それは花開きました。


さて、本題の正信偈に戻りましょう。
源信和尚が仏教を広く学び、その中から浄土の教えに帰依したことが書かれています。
念仏以外の諸行を修する者は、浄土の中でも外れである「化土」に往生し、ただ念仏する者は真実の浄土である「報土」に往生すると説かれました。

また、極重の悪人はただ念仏せよ、とも説かれます。
続いて「我もまた」と書かれていますので、自分と悪人を切り離すわけではなく、むしろ自分を悪人の側として見ているようです。
その「我」も阿弥陀仏の光に照らされている。煩悩が自分の目を遮ってその光を見ることが出来ないかもしれないが、それでも光明は常に私を照らしている、と結ばれています。


最後の部分ですが、当時は臨終の際に浄土往生する者には、奇瑞が表れるという考えがありました。
ですので、阿弥陀仏に照らされているのだよ、と伝える時にも、聴く者はなんらかの目に見える変化を求めたのではないかと思います。
それに対し源信和尚は、阿弥陀仏の光は目に見えないかもしれないが、それは私たちの目が煩悩で曇っているからだ。心配しなくて良い、と仰ったのです。

遠く故郷で自分を願い続けてくれる母。
その母の姿が、阿弥陀仏に重なったのではないでしょうか。

2016年9月の法語 [月々の法語]

今年の真宗教団連合カレンダーは、正信偈を意訳した『和訳 正信偈』から部分的に題材が取られています。
ですのでカレンダーの言葉だけを取り扱うと、正信偈をコマギレでお話することになってしまいますので、今年は正信偈を通してお話させて頂こうと思います。

正信偈は7文字で1行で、全体で120行の構成になっています。
7月8月とお盆でお休みでしたが、9月は以下の16行をお話させて頂きました。

道綽決聖道難証 唯明浄土可通入 万善自力貶勤修 円満徳号勧専称
三不三信誨慇懃 像末法滅同悲引 一生造悪値弘誓 至安養界証妙果
善導独明仏正意 矜哀定散与逆悪 光明名号顕因縁 開入本願大智海
行者正受金剛心 慶喜一念相応後 与韋提等獲三忍 即証法性之常楽

今月は中国の道綽禅師、そして同じく中国の善導大師の段になります。
正信偈の後半は浄土七高僧について1人ずつ書かれているのですが、第1祖 龍樹菩薩から第3祖 曇鸞大師までは12行の文量が割かれています。しかし第4祖以降は8行になっていますが、記された親鸞聖人がどういう意図を持たれていたのかは不明です。

道綽禅師は、三信と三不信について慇懃、つまり非常に丁寧に説かれたと書かれています。
三信は「淳心(純粋に聞く)・一心(疑いなく聞く)・相続心(続けて聞く)」のことで、三不信はその逆で「素直に聞けず、疑って聞き、持続しない」ことを言います。


続く善導大師は、親鸞聖人の師である法然上人が特に深く帰依をし、浄土宗のことを「善導宗」と呼ぶ場合もあったほどだそうです。親鸞聖人の語録『歎異抄』にも、教えの流れが阿弥陀仏→お釈迦さま→善導大師→法然上人→自分(親鸞聖人)と繋がっていると書かれているので、親鸞聖人も帰依をされていたのではないでしょうか。

2016年6月の法語 [月々の法語]

今年の真宗教団連合カレンダーは、正信偈を意訳した『和訳 正信偈』から部分的に題材が取られています。
ですのでカレンダーの言葉だけを取り扱うと、正信偈をコマギレでお話することになってしまいますので、今年は正信偈を通してお話させて頂こうと思います。

正信偈は7文字で1行で、全体で120行の構成になっています。
6月は以下の12行をお話させて頂きました。

本師曇鸞梁天子 常向鸞所菩薩礼 三蔵流支授浄教 焚焼仙経帰楽邦
天親菩薩論註解 報土因果顕誓願 往還廻向由他力 正定之因唯信心
惑染凡夫信心発 証知生死即涅槃 必至無量光明土 諸有衆生皆普化

先々月、先月はインドの七高僧をご紹介してきましたが、今月からの3名は中国の高僧です。
今月は親聖人のお名前の一部にもなっている曇大師(どんらん だいし)です。

ここは正信偈の中でもドラマチックな部分なストーリーが描かれています。

曇鸞大師は「梁」の国の天子(皇帝)が菩薩と敬うほどの高僧でした。その曇鸞大師は仏教教典の研究に心血を注いでいましたが、病に倒れます。
「道半ばにして死ぬわけにはいかない」と考えた曇鸞大師は、道教の道士であり、当時随一の医学者・科学者であった陶弘景から不老長寿の秘法を学びます。

「不老長寿の秘法」と聞くと現実離れしていますが、陶弘景は医術者でもあります。おそらく曇鸞大師が学んだのは健康法ではなかったのでしょうか。

その教えを学び、意気揚々と歩む曇鸞大師の前に、インドからやってきた菩提流支が表れます。正信偈には「三蔵流支」と書かれていますが、三蔵とは仏教に広く通じた高僧を指し、またインドの言語から中国語にお経を翻訳した高僧の総称で、歴史上に多くの「三蔵法師」がいらっしゃいます。

さて、菩提流支は「少しばかり寿命を延ばしたところで、それが何だというのだ。この浄土の教えこそが、真の不老長寿の法である」と諭され、菩提流支は学んできた教えを焼き捨ててしまいます。

私などは、せっかく学んできた健康法なのだから、それはそれで利用すればいいんじゃないかと思ってしまいますが (^_^;)  きっと曇鸞大師と菩提流支の間には熱いやりとりがあったのでしょうね。

(以下妄想)
曇鸞大姉「やあ、菩提流支さん! 私はもっと仏教を研究するため、不老長寿の教えを学んできたよ!」
菩提流支「えぇ!? 5年や10年ばかり寿命が延びたからって何だって言うんです! 私たち仏道を歩む者は、生き死にの問題を超える道を求めてるんじゃ無いんですか! 浄土の教えにはそれが書いてあるんですよ!!」
曇鸞大師「そ、そうだな! もっともだ!! よし、不老長寿の法なんか焼いちゃうぜ!!」

とまあ、こんな調子ではなかったでしょうが、以降 曇鸞大師は浄土教の研究に没頭していくことになります。その中に、5月でご紹介した天親菩薩の著書を研究対象とするのですが、これは七高僧がそれぞれ独立した存在ではなく、先哲の教えを受け継ぎ発展させてきたことが示されています。
阿弥陀仏の教えをお釈迦さまが説き、七高僧が受け継ぎ、親鸞聖人に繋がっているという師資相承の流れが表されているのです。

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