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2016年3月の法話 [月々の法語]

今年の真宗教団連合カレンダーは、正信偈を意訳した『和訳 正信偈』から部分的に題材が取られています。
ですのでカレンダーの言葉だけを取り扱うと、正信偈をコマギレでお話することになってしまいますので、今年は正信偈を通してお話させて頂こうと思います。

正信偈は7文字で1行で、全体で120行の構成になっています。
3月は以下の16行をお話させて頂きました。

能発一念喜愛心 不断煩悩得涅槃 凡聖逆謗斉廻入 如衆水入海一味
摂取心光常照護 己能雖破無明闇 貪愛瞋憎之雲霧 常覆真実信心天
譬如日光覆雲霧 雲霧之下明無闇 獲信見敬大慶喜 即横超截五悪趣
一切善悪凡夫人 聞信如来弘誓願 仏言広大勝解者 是人名分陀利華

今回ご紹介する部分の2行目には、親鸞聖人の思想の中でも際立って光る「不断煩悩得涅槃」という一文があります。釋尊に始まった仏教は、「煩悩を断って涅槃(悟り)を得る」ということを不動のメインテーマとして扱ってきたのであって、いかに煩悩を断つかの手段の違いが「宗派」となって分かれてきました。

しかし親鸞聖人の思想ははここでコペルニクス的転回をします。「不断煩悩得涅槃」つまり「煩悩を断たずして涅槃を得る」と示されているのです。
また前の行には「能発一念喜愛心」と、その唯一の条件である「信心を得る」ことについて説かれていますが、次の行に「凡聖逆謗斉廻入(聖者も凡夫も、五逆罪を犯す者も仏法を謗る者も救われる)」と書かれていて、阿弥陀仏の救いに一切の洩れがないことが示されているのです。


ただ。
阿弥陀仏より賜った「信」を得て、煩悩を有する身のまま悟りを得ることが決まったとはいえ、では今現在の私たちが仏と同じ立場かというと、それは違います。やはり仏ならぬ私たちの心には、煩悩がムクムクと雲のように湧いてくるのです。
「摂取心光常照護」…阿弥陀仏の救いの光が常に届いていたとしても
「貪愛瞋憎之雲霧」…煩悩が雲となってその光を遮ります

しかしどんなに雲や霧が立ちこめて薄暗くても、日中であれば真っ暗になることはありません。太陽の光は大地に降りそそいでいるのです。
「雲霧之下明無闇」…雲が厚くても、光は雲を突き抜けて地に届きます


断たねばならぬ煩悩を断たずして涅槃を得るということは、救われる可能性のない多くの民衆が平等に救われていく道を示したことでした。今月書かれている部分は、親鸞聖人の思想の中でも真骨頂であると、私は受け止めています。

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