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2018年3月の法話 [月々の法語]

今年は親鸞聖人のお言葉を、弟子の唯円(とされています)が聞き書きをした『歎異抄(たんにしょう)』を題材としてお話しさせて頂いています。
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第二条は、本文がかなり長くなっていますので、2回に分けようかとも思ったのですが、全員の方が3月4月と必ずいらっしゃれるわけではないので、頑張ってお話しをさせて頂きました。


壮年時代を関東で布教して過ごした親鸞聖人は、晩年生まれ故郷の京都に帰られます。
その親鸞聖人の元に、関東の門弟が大変な苦労をしながら訪れ、どうしても師に尋ねたい疑問をぶつけます。それは「本当にお念仏だけで良いのでしょうか?」という問いでした。

親鸞聖人が説くのは「ただただ、お念仏だけで良いのです」という教え。
弟子たちも、面と向かって言葉を聴いているうちは安心していられたのでしょうが、離れて暮らすようになり、「本当にお念仏だけで良いのだろうか、他に何か修行をしなければいけないのではないだろうか」と不安になったのでしょう。

その弟子たちに親鸞聖人は「おのおの十余箇国のさかひをこえて、身命をかへりみずして、たづねきたらしめたまふ御こころざし…」と、非常に丁寧な言葉で迎えます。
「私は1人の弟子も持たない」と言い、また念仏者を「御同行、御同朋」と仰った親鸞聖人の平等の姿勢が表れています。

しかし疑義に対しては一切おもねることなく、「そのような疑問は、大きな誤りだ」と応えます。
そして「念仏で救われるのか地獄に堕ちるのか私は知らない。私はただ師である法然上人の言葉を信じているだけで、たとえ騙されていたとしても後悔しない」とまで言いきります。

おそらく弟子たちは騒然としたことでしょう。
動揺する彼らを前に、親鸞聖人は続けます。
「阿弥陀さま、お釋迦さま、中国の善導大師、法然上人と綿々と受け継がれてきた教えが間違っているはずがあるだろうか。そして私はそれをそのまま皆さんにお伝えしています」と。

何かを「信じる」ということは、ただ理由も無く信じるわけではなく、しかし一度信じたからには「地獄に堕ちても後悔はしない」という姿勢で信じきることが大切なのだと教えられます。


注:少し大きな本屋さんに行くと、歎異抄に関する本がたくさん並んでいて、どれを選べば良いか迷ってしまうかもしれません。中には偏った内容のものもありますので、岩波文庫、角川文庫、講談社などメジャーな出版社が出しているものや、本願寺出版が出しているものがお勧めです。
また五木寛之さんの「私訳 歎異抄」(PHP文庫)も読みやすいかと思います。

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