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2018年1月の法話 [月々の法語]

ここ数年、月めくりの真宗教団連合カレンダーに書いてある言葉を法話のテーマにしてきましたが、お参りの方からの要望があり、今年は歎異抄(たんにしょう)をテーマにお話しさせて頂くことになりました。
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歎異抄は宗教書というだけでなく哲学書としても世界中に広く知られ、またセンター試験によく問題として取り上げられる、非常に著名な書物でもあります。

親鸞聖人の著書ではなく、直弟子の唯円さまの聞き書きと言われています。
実は宗教書、哲学書には聞き書きのものが多く、いわゆる仏教のお経もお釈迦さまが書いたわけではなく、侍者であった阿難を中心とした仏弟子たちによって編纂されました。
新約聖書もイエス・キリストの弟子たちが書き記したものですし、論語も孔子の弟子たちが編纂をしたものです。

師である親鸞聖人が亡くなり時が過ぎ、その教えが誤解されたり曲解されたりすることが多くなってきたようです。親鸞聖人の側仕えをし、その言葉によく耳を傾けていた唯円さまは、教えが「なっていくことをき」、少しでもそれを正したいと筆を執られたのです。

今回取り上げた「前序」は親鸞聖人の言葉ではなく、上記の通り唯円さまが何故この書物を残そうと思ったのかという動機が記されています。
「故 親鸞聖人の御物語の趣、耳の底に留むるところ、いささかこれをしるす」という唯円さまの言葉が心に響きます。

来月からは内容に触れていきたいと思います。


注:少し大きな本屋さんに行くと、歎異抄に関する本がたくさん並んでいて、どれを選べば良いか迷ってしまうかもしれません。中には偏った内容のものもありますので、岩波文庫、角川文庫、講談社などメジャーな出版社が出しているものや、本願寺出版が出しているものがお勧めです。
また五木寛之さんの「私訳 歎異抄」(PHP文庫)も読みやすいかと思います。

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