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NHK Eテレ「人生レシピ」VTR出演! [その他色々]

NHK Eテレの「明日も晴れ! 人生レシピ」という番組にVTRで映ります!
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http://www4.nhk.or.jp/jinsei-recipe/

「修行」をテーマに色々なお寺を取材していたようなのですが、なぜか修行の無い浄土真宗の私のところにも取材にいらっしゃいました。どうやら「修行」と平行して、お寺の現代的な取り組みという部分のようです。

また、お坊さんQ&Aハスノハや「自死・自殺に向き合う僧侶の会」で一緒に活動している浄土宗の東さん、ハスノハの共同代表の堀下さんも取材をお受けになったようです。

告知VTRを見ると、私の部分が全面カットにはなっていないようなので、ご紹介させて頂きます (^_^;) 
スタジオにはゲストとして、浄土真宗僧侶であり宗教学者でもある釈徹宗先生がいらしているようなので、どんなコメントが頂けるか楽しみです。

ぜひ10月26日の20時、また11月2日の11時に再放送されるようですので、お手空きの方はご覧頂ければ幸いです (^人^)

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アチコチ・ワークショップ [死の体験旅行]

10月はワークショップ「死の体験旅行」が5回も入ってしまって(入れてしまって)てんてこ舞いです。

中旬、茨城県の生涯学習事業での開催。
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お城の跡にある旧県庁舎、なんだか趣のある歴史的建造物です。
神奈川県庁も一番古い建物が似た雰囲気でドラマの撮影などに使われていますが、こちらは茨城県を舞台に撮影されたNHK朝の連ドラ『ひよっこ』で、主人公の みね子と親友の時子が訪れたNHKの建物として使われたそうです。

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正面玄関を入ったところの階段も立派。
お笑いコンビ 髭男爵の山田ルイ53世がワイングラスを片手に降りてきそうです。

翌々日には国士舘大学の世田谷キャンパスで、国士舘大学と横浜国立大学の学生さん向けに開催。
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久々に入った大学キャンパスの雰囲気にうろたえていたら、突如落ち着く雰囲気の建物が…
お参りしようと思って近づいたら、以前使われていた「大講堂」という建物でしたが、見た目は完全に本堂。

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普段の開催でも学生さんがいらっしゃることは多々ありますが、学生さんばかりというのは初めてのことですので、緊張してしまいました。
でも皆さん真摯に受けてくださり、終了後の質疑応答も活発で、嬉しく楽しい時間でした (^人^)

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2018年10月の法話 [月々の法語]

今年の法話会は『歎異抄』のお話しをしていますが、10月は先日訪れた恐山の話をたっぷりさせて頂きました。
もう、話さずにはいられないという気持ちでした (^人^)

1日目はこちら

2日目はこちら


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恐山 2日目 [その他色々]

一夜明け、早朝の恐山は朝靄がかかり、より一層この世でないような気配に充ち満ちていました。
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ってこの写真、私ではなく早起きして恐山境内をランニングしたMさん撮影のものを使わせて頂きました。

地蔵殿と本堂で朝のお勤めがあり、朝食を終えたあと、南師じきじきに境内の案内がありました。

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火山性ガスのせいか、境内に草木はまばらで荒涼とした風景が広がっています。
写真の場所は「賽の河原」と呼ばれる場所。
幼くして亡くなった子どもが堕ちる場所で、「ひとつ積んでは父のため、ふたつ積んでは母のため」と石を積み上げるとこの世に生まれ変わることができる。
しかし積み上がろうとすると鬼がやってきて邪魔をする。

積み上がっている石は自然にできたものではなく、幼子を亡くして恐山を訪れた親たちが我が子を手伝おうと積んでいったものなのでしょう。
また、周囲に少し生えた草が、所どころ結んであります。
南師は「なんだか分かりますか?」と問いますが、誰も分かりません。
「我が子を追い回す鬼が、草に足を取られて転ぶようにと願って、親たちが結んでいくのです」という言葉を聞いて、胸が締めつけられるような気持ちになりました。

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この地蔵も亡き方を想うご遺族が持ち込み、徐々に増えていったものだそうです。
お地蔵さまですからね、石で出来ているから重いんです。
こんな重いものを、こんな山奥まで…重さよりも、想いの方が強いのでしょう。

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荒涼とした風景を通り過ぎると、そこには美しい極楽浜、そして宇曽利湖(うそりこ)が広がっています。
数年前に訪れた青年が、この美しさにフラフラと湖に入ってしまったそうです。
しかしこの美しさには理由があります。湖底からも火山性ガスが噴き出していて酸性度が高く、ほとんど生物が生息していません。
その青年は、3日間も眼が開かなかったそうです。

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本堂に戻ると、後方の棚の上に無数の花嫁人形が並んでいます。
これを見た瞬間、その意味に気づき、全身に鳥肌が立ちました。

皆さん、なぜ恐山に多数の花嫁人形があるかお分かりになりますでしょうか?
よくよく見ると(写真は加工していますが)、花嫁人形のケースには戒名や法名が書いてあり、若い男性の写真が入っています。
そう、未婚で若くして亡くなった息子のため、親御さんがあの世の花嫁を連れてくるのです。


南師は、「宗派それぞれの教義や作法があり、遺族の想いをその器に収めとろうとする。しかしその器に収まりきらず溢れだした想いが、恐山のような霊場に流れ込んでくるのでしょう」と仰いました。

浄土真宗では、亡き方はちゃんと成仏している、悩み苦しみの無い仏さまとなっている。
だから供養するのではなく、仏さまとして敬うことが大切です。
そう説きます。

けれど、誰もがそう納得できるわけではない。
亡き方に、何かしてあげたい、何かせずにはいられない。
その想いを、「供養は必要ないですよ」と切り捨ててしまってはいけないのだな。
「供養」の巨大な念が渦巻く恐山で、改めてそう感じさせられました。


<1日目>はこちら

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恐山 1日目 [その他色々]

私、未来の住職塾サンガ(卒業生会)の会長(=雑用係?)をさせて頂いています (^_^)
大きな仕事としては、毎年秋の研修旅行のセッティングです。

今年は、お坊さんでもなかなか行ったことが無い日本で最も有名な霊場、青森の恐山に行ってまいりました。
霊場としても有名な恐山ですが、実は曹洞宗の菩提寺というお寺でもあります。ちなみに「菩提寺」という言葉は、一般的には「我が家のお寺さん♡」という意味ですが、ここでは寺院の固有名詞になっています。

またこの恐山菩提寺の院代(住職代理)は、これまた高名な僧侶、南 直哉(みなみ じきさい)師。
曹洞宗の大本山である福井県の永平寺で20年も修行に励み(通常は1〜2年の方が多いそう)、自他共に厳しくストイックな姿勢から「永平寺のダース・ベイダー」と恐れられたお方です(実は事前の打ち合わせの際、あまりの緊張感に泣きそうになりました)。


秋の青森。
好天に恵まれた中、青森中心部から3時間ほどかけて下北半島の中心部に大型バスは向かいます。
曲がりくねった山道を上ると、視界が開けるとともに硫黄のにおいが…。
境内のあちこちから火山性ガスが噴出する、異界の雰囲気を漂わせる恐山にたどり着きました。

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到着後、すぐに南師によるご講演。
現在の日本はどういった状況にあるか、そしてその中に存在する寺院にどういう未来があるか。
ご自身が院代を務める恐山に訪れている変化もありのままに話しつつ、まったく忖度の無い厳しい言葉が矢継ぎ早に飛来します。

非常に幅広い知識をベースに、古来からの日本社会の構造や、新宗教について、他宗派の教義について、現代未来の医療倫理問題まで、矢は降り注ぎ続けました。

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しかしこちらも、「未来の住職塾」で真剣に仏教の・僧侶の・自坊の未来を考え尽くしたメンバー揃い。
みな我がこととして南師の話に耳を傾け、講演後には果敢に質問の手を挙げていました。


ご講演後、入浴(濃厚な温泉でした)、夕食、そして分科会。
南師のご講演について、2人1組で掘り下げていきます。

そしてようやくリラックスして懇親会が始まりましたが、途中で南師もご参加くださいました。
部屋にいらした南師、なぜか私の対面に座り、なんとなく主に私と対話するような雰囲気に。
……2日間の研修旅行で、この時間が最も脳が疲れたかもしれません (-_-;) 

そうして恐山の夜は更けていきました。





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2018年10月号 [和庵だより]

◇ LとかGとかBとかTとか ◇

 以前「自然界は弱肉強食なのに、人間は弱者を生かしているのは何故か」という問いがあり、それに対する見事な回答記事を目にしました。

要約すると「人間は皆、自然界では弱者だが、社会を作り上げ、より弱い存在をも守り生かしていくことが人間の人間たる所以である」といったものです。
文明の発達とともに、弱い者や少数派を抱える余裕を持つことが、いつ自分や家族がその立場になるか分からない、と予想することができる人間の生存戦略だということでしょう。

 少数派といえば、最近ではLGBTという言葉が話題になっています。芸能界では、古くは美輪明宏さんやカルーセル麻紀さん、最近ではマツコ・デラックスさんやIKKOさんなど活躍されているかたが多いですが、実社会ではまだまだ偏見・蔑視が根強い状況です。

 ある調査によるとLGBTは約8%。左利きや血液AB型と同程度の割合でいらっしゃるのだそうです。「えっ、私の回りには1人もいない」と思われるかたも多いと思いますが、まだまだ差別や偏見を恐れて隠している場合が多いのでしょう。

また、「LGBT」だけでは多様な「あり方」を表せないことから、最近では「LGBTs」という表現もなされています。

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 実は最近、オカマ(本人自称)のBSディム(ペンネーム)というかたとご縁がありました。
ディムさんはインターネット上で悩み相談を受けており、それが好評で書籍化することに。その書籍の目玉として、いつもは相談を受けている筆者が逆に僧侶に相談するという企画が持ち上がり、その相手として選んでいただいのです。
私もあまりLGBTに関する知識が無かったのですが、これを機会に色々勉強することができ、有り難く面白いご縁でした。

 『しんどいオカマのちょっと一杯いかがかしら』というユニークなタイトルで、角川書店から9月28日発売です。巻末に私との対談が掲載されていますので、ご興味のあるかたはぜひ手に取っていただければ幸いです。


◎ お 知 ら せ & ◇ ご 報 告


◎バス旅行の中止と写経会開催 10月19日(金)
毎年秋のバスツアーですが、今年は残念ながら中止となりました。
そのため10月の写経会は、通常通り10時30分から開催いたします。

◎いきもの追悼法要 なごみ庵にて 10月21日(日)13時より
今年からペットの追悼法要をお勤めいたします。

◎NHK Eテレ「あしたも晴れ! 人生レシピ」10月26日(金)20時より
「死の体験旅行」や、なごみ庵写経会を取材していただきました。
カットにならなければ番組内で紹介される予定です、ぜひご覧ください。
再放送は11月2日(金)11時。

◎コラボ企画「仏教甘味と共に味わう 死の体験旅行」11月10日(土)13時より
東京都港区芝の仏教伝道協会で、コラボ企画が開催されます。
虎ノ門の光明寺に勤め、スイーツ僧侶として名高い木原祐健さんが作る、仏教にまつわる
甘味、そして「死の体験旅行」を共に体験します。

自死・自殺に向き合う僧侶の会 自死者追悼法要 12月1日(土) 築地本願寺
例年どおり、自死者追悼法要を開催いたします。詳細はどうぞお尋ねください。

◎なごみ庵 報恩講法要 12月9日(日)13時より
今年の報恩講のご講師は、テレビでよく見るあのお坊さん! 詳細は次号でお知らせします。

◦神之木地区センター写経会  10月2日(火)18時30分
◦神之木地区センター笑いヨガ 10月8日(月)10時30分(12月まで毎月第2月曜)
◦死の体験旅行  10月15日(月)19時 豊島区 金剛院
◦自死遺族の集い 10月25日(木)10時30分 築地本願寺

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朝日新聞 神奈川県版に掲載 [死の体験旅行]

2018年3月23日、お彼岸のお中日の讀売新聞 神奈川県版に「死の体験旅行」の記事をご掲載いただきました (^人^)

当日はお彼岸法要もあったので、その準備だったり問い合わせが来たりと、慌ただしい一日でした。
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DIY.KESA! [その他色々]

手芸好きの坊守(妻)、着なくなった着物などを材料にコースターやティッシュケースなど小物を作るのが趣味です。
時には気合いが入りすぎて、フルタイムの仕事ぐらい裁縫部屋に籠もってしまいます (^_^;) 
(ちなみに以前、「サイホウに行ってきます」と言われ、西方極楽浄土に行ってしまうのかと驚いてしまいました)

さて、今日も今日とて裁縫にいそしむ坊守。
今度はなにやら細長いものを作っている様子。

なにが出来るのかな…と様子を見ていたら…
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袈裟。

え!? 袈裟って自分で作れるの?
あとちょっと派手じゃない!?

最初は試作的な感じで派手な生地を使ったよう。
その後はコツをつかんだのか…
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量産体制に(笑)

この袈裟、正確には「略式畳袈裟」と呼ばれるものです。
それにしても袈裟って法衣屋さんで買うしかないと思い込んでいたんですが、人間やってやれないことはないんですね〜〜
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ひとつ頂戴しました。
大島紬の着物から作ったものだそうで、とても細かく落ち着いた柄がお気に入りです (^_^)

大好きなあのお坊さんに手作りの袈裟をプレゼントしたいわ〜というアナタ!
ぜひチャレンジしてみてはいかがですか!

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2018年9月の法語 [月々の法語]

今年は親鸞聖人のお言葉を、弟子の唯円(とされています)が聞き書きをした『歎異抄(たんにしょう)』を題材としてお話しさせて頂いています。
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7月8月はお盆で法話会がお休みでしたので、3ヵ月ぶりの開催となりました。
1月の前序から順に進めてきましたが、6月にひとつ飛ばして第6条をお話しましたので、今月はひとつ戻って第5条です。

『歎異抄』は私たちの常識からすると驚くような言葉をテーマにして、そこから話が展開されていく場合が多くあります。それだけ弟子の唯円の記憶に、深く刻まれている言葉ということでしょう。

第5条で親鸞聖人は、「私は父母の供養のためにお念仏を称えたことは一度もありません」と口を開きます。


皆さんがお寺に行く場合、どんな目的で訪れるでしょうか?
観光だったり写経だったり色々な目的があるでしょうが、なにより一番多い目的は、亡くなった方の供養ではないでしょうか。お葬式やご法事など、様々な供養の形があります。

親鸞聖人はひとつの宗派を開いたほどのお坊さんですから、亡き親の供養も懇ろになさったんだろうな…と思ったら驚愕の「していない」発言です。
いったいどういうことなのでしょうか、親鸞さまがとても冷たい人だということでしょうか?

もちろんそうではありません。
親鸞聖人は言葉を続けます。

この世に生きる一切の生きとし生けるものは、何度も輪廻を繰り返す中で、いつか親子や兄妹だったかもしれない。

そして…

まずはお念仏によって自らが仏となり、そして自由自在に縁ある存在を救いとっていこう。

今生の親子や兄妹という関係の相手だけを救うのではない。
そして不十分な己の力でではなく、仏さまとなって自由自在に全てを救いとっていこう。

親鸞聖人は冷たいのではなく、広大無辺な慈悲の道を私たちに示してくださっています。

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募金の意味 [その他色々]

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先日、初めて街頭募金活動をさせて頂くご縁がありました。
https://753an.blog.so-net.ne.jp/2018-08-31

1回か2回ぐらい「人から金を集めてないで、自分の金で支援すればいいじゃないか」なんて絡まれるかもしれないなと考えていたのですが、残念(?)ながら今回そういったことはありませんでした。

募金活動に対し、ときどきそんな意見を耳目にすることがあります。
しかし、少なくとも僧侶が行う募金活動に関しては「支援金を集める」ことだけが目的ではありません。
多くの人に善行をして頂くご縁を作る、というのが目に見えない目的だと思っています。


1人の人が1万円の寄付をすれば、それはそこで終わってしまいます。
でも募金活動で、たとえば3人の方が千円を入れ、10人の方が五百円玉を入れ、20人の方が百円を入れれば、33人もの方が「自分は被災地のために何かしたんだ」と思うことができます。

実際の例では、東日本大震災の一周年の際、横浜市営の関内ホールで行事を開催した時のことが思い出されます。
10万円ほどの経費がかかったと記憶していますが、264の席が満席になり、約20万円の募金が集まりました。
これも私が10万円を寄付すれば、それでおしまいになる話でした。
しかし264名の方が(全員かどうか分かりませんが)少しずつ出してくださった20万円は、264名の思いが込められています。


ニューヨークの元市長、ジュリアーニ氏の「割れ窓理論」は、1枚の割れた窓を放置しておくと、そこから街の治安が悪化していくというものです。逆を言えば、1枚の窓を入れ直し、ひとつのゴミを拾えば、街の治安が保たれることに繋がるいうことでしょう。

これは人の心にも当てはまると思っています。
道端でついゴミを捨てたり、困っている人を見て見ぬふりして通り過ぎれば、その人の心は少しずつ荒んでいくのではないでしょうか。

逆に、ゴミを拾ったり、重い荷物を持つ方を手助けしたり、募金箱に百円を入れたりすれば、少しずつ人の心は澄んでいくと思います。

少しずつ荒んだ心は、何か魔が差しそうになった時に後押しをするかもしれません。
しかし少しずつ澄んでいった心は、魔が差しそうになっても自分を引き止めてくれるということがあると思います。1人1人の変化はわずかでも、それが社会全体に広がれば大きな変化になるのではないでしょうか。

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